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第27話 ラ、ラ、ラ、ラビリンス
『好き……なんです』
これは僕が描こうかなぁと、とりあえず始めた第二弾の漫画の中のセリフ。
高校の時のほうが時間は有り余ってて、というか卒業の前辺りからは学校に行かない日もあったから、けっこう暇だったおかげで、漫画をぐんぐん描き進められたんだ。それが、大学に入ってしばらくはもう新生活にヘトヘトで、それにインプットタイムという名の読書に耽ってたから、ちっとも描いてなかった。
六月に入って、そろそろ描こうかなぁ、なんて思って……みたんだけど。
「……」
今、描こうかなって考えてるのは、花屋さんと大学生のほんわかしたお話。
この前の同人誌即売会のイベントの時、会場に行くまでの道でたくさん花が咲いてて綺麗から。でも、花って自分で買うことってほとんどないなぁって思った。忙しいのっていつくらいの季節なんだろう。繁忙期みたいなのって、卒業式くらい? でもそれ以外はずっと花屋さんが暇じゃ潰れちゃうじゃん。けど潰れない。花屋さんってどうしてつぶれないんだろって、全国の花屋さんには申し訳ないんだけど、ふと考えちゃってさ。
で、思いついたんだ。まだタイトルもないけど。
とある道ですごく綺麗な男の人が花屋にいるのを見つけた。
そしてその花屋さんに一目惚れした、とある主人公はその店がつぶれないようにって毎日花を買っていく――っていうお話。
それを思いついたんだけど。
そのセリフのところで手が止まった。
とある主人公がした告白に。
「好き……かぁ」
そう呟いた瞬間、絶妙なタイミングでグリーンから連絡が来た。
SNSの内緒話のほうから。
――原画展、来週の土曜日で平気?
山本にはグリーンのこと、球技大会の時にふんわりと話しただけになってる。
――うん。大丈夫。
グリーンに好きって言われたとか言ってない。そりゃ、グリーンのプライバシーに関わることだから僕があれこれ根掘り葉掘りは言わないけどさ。
好きって言われたんだ。
今、僕が描き始めた漫画の主人公も好きって言った。
そしたら、花屋さんが答えるシーンを僕は次に描くことになるわけで。
山本にグリーンに好きって言われたって、もしも話したら。
そんでどーすんだ? って、そこからの展開をきっと問われるわけで。
好きって言われたら返事をしないといけない。けどけど僕の好きは「ライク」だから、グリーンの「ラブ」とは違うから、返事をしちゃったらさ。
――原画展楽しみ。初めて行くんだ。
終わりになっちゃう。
「……あは、すごいこんなスタンプ持ってるんだ」
僕も好きなBL漫画のキャラクターのまた違うスタンプ。今度は「感涙」って涙を流すしてるイラストの。
「グリーンは、オタ活ですることほとんど初めて、ばっか、だね……と」
返事をしたら、すぐに既読マークがついて、また次の返事がすぐに来た。
――そう。その初めてを青葉とできてラッキーだよ。原画展に行ったらグッズとかもあるのかな。
――あるよ。気を付けて、魔物がいる。
――わお。それは恐ろしい。
――僕もクリアファイルとか欲しい。
――それは俺も欲しい。
――ほら、もうトラップ引っかかった!
クリアファイルなんて全キャラクター分欲しくなっちゃう危険はものなんだぞ。そう教えたら怯えるイケメンのデフォルメスタンプが送られてきて、また笑った。グリーンってばどれだけスタンプ持ってるんだよ。
「……お互いに気を付けないと際限ない、よ……送信」
好きって言われたら返事をしなくちゃいけない。
――そうだね。気を付ける。
でも、返事がさ。
――今は何してるの?
「漫画描いてますよー」
――わぉ、それはすごい。あおっぱ。ファンに新情報をありがとう。
「っぷ」
――グリーン、大袈裟。ファンなんて僕にはいないってば。
――そんなわけない。俺がいる。
「……」
今、ちょっと心臓のとこ、きゅってした。
――じゃあ、喜ぶのはグリーンくらいだよ。僕のはそんな需要ある漫画じゃないし。
――俺にはあるよ。どんな話なのかって訊いても?
――高校生と花屋さんのお話。
――とても楽しみだ。
ニッコリ笑顔のスタンプがくっついてる。
「……」
楽しいんだ。グリーンと話すの。懇親会の時にも思ったけど、他の人もグリーンと話すの楽しそう。
もっと話したいなぁって思うんだ。
こうしてメッセージのやり取りも楽しくて、趣味も似てて。一緒にいると気持ちがいい。
僕はグリーンが好きだけど。
グリーンの好きに返事をするとして。
僕のがライクならさ。
もしもこの花屋さんが高校生に好きて今言われた返事にライクなんですって答えたらさ。
終わっちゃうでしょ?
けど終わって欲しくないんだ。
大学の資料棟で話をするのも、漫画の感想言い合ったりするのも、カフェだってまた行きたいって思うし。
でも、じゃあって、返事をラブにするのは違うじゃん。そのくらいチビ助にもわかるよ。違うけど、やっぱり、終わっちゃうのはいやで。
「……我儘、かな」
そう、いつの間にか真っ暗にスクリーンオフしていたタブレットのホームボタンをぼーっとしながらつけて、『好き……なんです』ってコマの続きの絵で、手が止まったままになった。
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