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第29話 ラ、ラ、ラ、ランチ
原画展に行くのでTシャツを買った。オーバーサイズの、白にプリントのあるのを。
あれ!
たまたま!
大学に通うのに使ってる駅にある洋服の! 大型店が! Tシャツを! 安くしてたから!
それからスニーカーを洗った。今年は白スニーカーって書いてあって、ちょうど僕が白いスニーカーを持っていたから。
あれです!
泥だらけじゃ、白だと目立つから!
せっかく好きな商業作家さんの原画展ならば気合入れないとってだけです。だって、その商業さんが初めて原画展に参加させていただきますって、SNSで話しててさ、ご本人もドキドキしてるって言ってたらさ、ファンとしては白スニーカー泥まみれじゃいかん、ってさ。
超都会に行くんだもん。オタクの聖地に行くんだもん。
ダサかったらダメじゃん。
だからです。
それだけです。
「青葉!」
待ち合わせたのは大学の駅のとこ。
ほら、道を渡って左にちょっと行けば、今、着ているTシャツを売ってるお店がデーンと構えてる。絶賛お安く買えますって、ババーンとTシャツを並べて。
「ごめん。グリーン。待った?」
「いや、先に着いちゃっただけだよ。バスの時間でそうなっただけ」
「あ、うん」
コクンと頷いて、自分の洗ったばかりで真っ白なスニーカーに視線を落とした。
なんか。
今日は。
一段と。
かっこいい気が。
同じ歳?
本当に?
足が長いから?
ただのTシャツに黒いパンツなのに。グリーンだから、その色にしたのかちょっと気になる鮮やかなグリーンのハイカットスニーカーがすごくいけてるワンポイントのお洒落上級技っぽく思えてくるんだけど。
なんか、すごい。
すごく。
「青葉?」
「は、はい!」
「白いスニーカー可愛いね」
「!」
「行こう。電車来るから」
ドキドキした。
電車で揺られて三十分、それから乗り換えて、違う電車で駅三つ。
今はその電車で揺られて三十分の十五分くらいを過ぎたあたり。上りだから、段々と人が多くなっていて、段々とグリーンのキラキライケメンパワーへ向けられる視線の数も増えていく。
「昨日、青葉の漫画読み返してた。やっぱりすごく好みの話だった」
小さな声で話してるのに、ほら、視線がある気がしてそっちに顔を向けると、女性がパッと顔を逸らした。日本人がほとんどの中で、グリーンの鮮やかな金髪は目立つ。今時、いろんな髪色の人がいるけど、グリーンのは自前だから。
「けど青葉の絵の方が俺は好き。青葉、絵もすごく上手になったよね。って、最初から上手だったけど……青葉?」
「!」
「どうかした?」
「あ、ううん。えっと」
「絵、上手になったよねって話。けど、最初、俺がSNSで見かけた時から上手だったけど」
「そ、そんなことないよ」
二人で電車の出入り口付近に立っていたんだけど、混雑してきて気が付くと、中央の辺りに追いやられてた。ちょうどいい高さのつり革がなくて、チビ助の僕が手をいっぱいに伸ばして届く感じ。でもそこ以外に掴まれるところがないから、仕方なくて。
「わっ!」
ちょっと腕疲れるし、そんなに揺れないからって手を離した、瞬間だった――。
「青葉っ」
「!」
気を抜いたらいかんぜよ、って電車が言っているようなタイミングで、ガッタンと地面が跳ねて、思わず、咄嗟に、だった。
「平気?」
「ぅ、うん」
掴まっちゃった。
「掴まってていいよ」
つい、藁をも、掴んじゃった。
「っていうか、掴んでて」
「……」
顔を上げたら、グリーンがなんとなく難しい顔をして、なんとなく頬が赤い気がして。
「転んだら大変だから」
「ぅ、ん」
なんとなく、僕も頬が熱くなった気がした。
電車に揺られて三十分と次の電車で駅三つ分。
到着したのはお昼ちょっと前。
「わっ、暑いね」
そう思わず声に出ちゃうくらいに日差しが強かった。
「原画展は……ぁ、こっちの通り、だね」
スマホのアプリで地図を出して現在地を確認。歩いて十分の距離なんだそうです。矢印がこっちだよー、こっちこっちって、僕らを目的地方面へ歩かせようと一生懸命画面の中の矢印の記号の色を波立たせてる。
「けっこう近いね。ここ初めて行く。前に他の商業の作家さんの原画行った時はカフェもあってそこで。って、グリーンも見たかも。去年のことだから」
「青葉!」
「! どうしたの? グリーン」
「あ……もしよかったら、どっかでランチ、しない?」
「……」
「朝飯食べ忘れて、だから昼もちろんまだで。青葉がランチ食べ終わってたら、あれなんだけど」
風が吹いて。
「あ、うん……どっかで昼食べよ」
ぴったりだった。服、雑誌の通りにしたけど、今日の陽気にぴったり。
「僕は、朝、食べたけど、昼はまだ食べてないから、お腹空いた」
初夏のデートにぴったりの爽やかコーデは、本当にぴったりだった。
ズボンは丈短めに、裾を折って調節。足首は出して涼し気に。Tシャツはオーバーサイズでゆったりシルエットでリラックス。
強い日差しの下、風がオーバーサイズのTシャツを通り抜けて、足首に触れて、暑いけど涼しくて。
「青葉は何食べたい? 一応、いくつか調べたんだけど……」
「せっかくだからグリーンの行きたいとこにしよ」
初夏の、デート……じゃないけど、こうしたおでかけにはぴったりで、白いスニーカーはグリーンが探してくれた美味しそうなレストランまでだって、いくらでも歩きまわれそうだった。
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