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第30話 ググってみよう。
「すごかった! んもおおお! 最高だった」
「うん」
「はぁ……すごいなぁ」
「うん」
「すごいよねぇ」
「うん」
そこでグリーンが笑った。
「青葉、すごいしか言ってない」
「! だって」
すごかったんだもん。って、言おうとして全く足りてない語彙力に反論をやめた。
でも、すごかったんだ。原画。
じっと固まってみることに集中してたから、ぎゅぎゅっと凝り固まった身体を夕焼け空に向けて、グーンと伸ばして。でも都会の夕焼け空はそんなに綺麗ではなくて、昼間は真っ青だった空の色がただぼんやりと薄ぼけただけ。
結局、十三時からで何時間もいちゃった。っていうか、まだ全然いれたし。閉館までいようと思えば余裕でいられたと思う。
「グリーンは? 楽しかった?」
「楽しくないって人はこんなにグッズ買わない」
「っぷは。たしかに」
そう言って見せてくれたグリーンの手にはエコバックいっぱいのクリアファイルとイベント会場のみで配布のカラーポスカに勢いで買ってしまった単行本が詰まってる。もちろん僕も。でも僕は資金の関係でグリーンよりは少ないけれど。
「青葉は……楽しかったって顔でわかるよ」
そう言われて、あははって笑ったんだ。
「あれ? グリーン君?」
「……」
「やっぱ、グリーン君だ」
女の子がいた。チビ助な僕より背の小さな、可愛い感じの女の子。
「偶然! あ、もしかして原画展? やっぱ行くんじゃーん! って言っても私、バイトあるからこの時間になっちゃったから、そもそも無理だったか。あ、こんにちは」
知り合い、だよね。うちの大学の? 日本文化科は接点少ないからわからないや。でも、原画展って、じゃあ、腐女子?
「こ、こんにち、」
「もう十六時の枠締め切っちゃうよ?」
「わ! 本当だ! それじゃあね!」
その子はグリーンに時間のことを言われて、華奢な腕に巻き付けた腕時計に目をやった。十六時枠でチケット取ったのかな。滞在時間は閉館までいくらでも、だけど、入館は時間が指定されてるから。彼女は大慌てで僕らが出てきたビルへと駆け込んだ。
「今のは」
「同じ学科の子」
「へぇ。BL好き、なの? って、ここの原画展行くなら好きなんだよね」
「たぶん」
「そっかぁ」
どの作家さんが好きなんだろうねって思ったけれど、そこまでたくさんは聞いてないってグリーンが言っていた。でも、同じものが好きな子がいるってなんか嬉しいよねって、言ったら。
そうだねって。
そう小さく呟いて、綺麗な青空みたいな瞳を閉じた。
ドキドキ、したんだ。
原画展、ずっとドキドキしてた。
原画展は混んでた。
女子がすごく多かったけど、同人誌即売会で初参加が初サークルなんてことやってのけちゃった僕はけっこう普通で。
原画の迫力にずっと押されてる感じのほうがすごすぎてちっとも気にならなかった。本当に感動だった。紙原稿、神! って思った。修正の痕とか見られるのもファンにしてみたら感涙もので。グリーンが僕を見て笑ってた。
――すごい、やっぱり熱心に見るんだね。
そう言って微笑まれて。
ドキドキした。
一日中、ドキドキしてた。
お昼に食べた、うどん屋さんに見えないお洒落なレストランじゃなくて。
推し商業作家さんの生原稿に……じゃなくて。あ、いや、それもドキドキしたんだけど。でも、それじゃなくて。
――青葉。
僕の隣にずっといた、キラキラな色をしたグリーンに。
見つめられると、ほっぺたんとこが、そわそわした。
名前を呼ばれると、耳がピーンとした……気がした。
カレーうどんに見えないカレーうどんは美味しかったけど、白いTシャツに跳ねそうで、気になってそっとそーっと食べることに忙しかった。前掛け? みたいなのを勧めてもらったけど使わなかった。ちょっとカッコ悪いかなって思って。
ドキドキして、そわそわして、仕方なかった。
「よ。原画展、行ってきたのどうだった? 男子率あった?」
のに。
仕方なかったのに。
「おーい、青葉?」
「……」
「おーい!」
原画展以降、グリーンが消えた。
「どすた? オムライスゲットできなかったから不貞腐れてるのか?」
いや、正確には消えてない。ちゃんといる。存在してる。でも、資料棟の裏には出現しなくて、SNSは無言で、なんにも呟いてなくて、僕の呟きにも無反応で。
だから、いるけど、いない。
僕の前には出現していないから。
「お前、ワカメうどんだからってそんな顔してたら、ワカメにもうどんにも失礼だぞ?」
これって、無視されてるの?
「ワカメは身体にいいんだぞ? 髪を健やかに育てるし。美味いし」
なんかしたっけ?
「うどんは小麦粉だから力の素だし」
原画展の時?
カレーうどんの時?
それとも電車の中?
帰り?
行き?
それとも、そのもっと前?
どっから?
どうして?
「それに早く食べないと伸び……ないか、冷やしワカメうどんだもんな。もしもそれだけじゃ足りない育ち盛りなら、お菓子持ってるから、ガムだけど。ガムはお菓子に入らないか」
ちっともわからなくて、頭の中がそればっかりでいっぱいで、何度も、他の不真面目大学生みたいに、何度も何度もスマホを確認してた。
「なぁ、青葉、ガムはお菓子に」
「ググってください!」
これもググったらさ。
「イケメン 告白 急に 無視」
って調べたらさ、理由と対策が出てくるのかな。
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