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第32話 できるかな。
勝手に動いちゃったんだ。
「あ、青葉?」
勝手にしゃべっちゃったんだ。
「もうっ、僕のこと、好きじゃなくなっちゃった?」
そして、勝手に水の粒が、目から落っこちた。
「!」
「も、ぉ」
また、目から雫が――。
「ちょ! あ、青葉? なっ、どうしっ、青葉っ!」
「っ」
「青葉っ!」
何?
「ちょっ青葉ってば」
だから何?
そう心の中では返事をしてるけど、半べそ状態の僕は喉奥がぎゅっと縮こまって熱くて、なんにも声に出せそうにない。さっきは勝手にしゃべったくせに、今度は勝手になんにもしゃべってくれない。
「ふぐっ」
そこからグリーンは急に英語だった。全然何を言ってるのかちんぷんかんぷんだったけど、でもなんとなく「あぁもうどうしよう。ごめん。青葉」って何度も言ってる気がした。
そーりー、と、僕の名前が途中何度か聞こえたから。
そして、小さな声でグリーンが。
「青葉、こっち」
そう呟いた声は優しい感じがして、僕がぎゅっと握りしめていた手を、今度はグリーンの手がぎゅっと繋いでくれたから。勝手に溢れて零れ落ちてた水の雫は止まってくれた。
久しぶりに資料棟の裏手に来ると、非常階段のところに生えている雑草が育ってる気がした。足元の雑草の背丈が僕の膝小僧くらいある。ずっと天気が良かったから、かな、なんて思いながら。
泣いた自分に驚いてた。
「あのさ、青葉」
「グリーンと話すの、すごく楽しくて」
青色のような、緑のような。
僕らの名前の色を混ぜて溶かしたような色の瞳がじっとこっちを見つめてる。
「ここで、話すのすごく楽しかった」
「……」
「BLのこと以外も。二人で出かけたカフェも本屋も、それからこの前の原画展も楽しかった」
そういえば、カフェの時は、服、そんなに気にしなかったっけ。
「すごくすごく楽しかった」
けど、原画展の時は雑誌買って、ちょっと参考にした。
「また一緒に出掛けたいって思った」
グリーンの瞳は僕の黒色をした瞳と違って、光がいっぱい詰まってる。見つめれば見つめるほど、中に何色もの光があるのがわかるんだ。ほら、少し紫色もある気がする。淡い水色に、濃い青色も。
「これってさ」
綺麗な色。
かっこいい顔。
「……うん」
かっこいい声。
でもさっき、僕が泣いたことに慌てたグリーンはおかしかった。
「僕、グリーンのこと、好き?」
僕の気持ちをグリーンに訊くのもおかしな話だけどさ。わからないんだ。グリーンは女の子じゃないけど、ドキドキする。一緒にいると楽しいなら山本だってそうだけど、僕は山本とこんなふうに一緒にいたいとは思わない。
だからこれはなんだかライクではない気がする。
でも戸惑うほうが大きくて。こんなの初めてだから。
「そうだったら、とても嬉しい」
「ホント?」
できる、かな。
恥ずかしい。
でも、できそう。
君となら。
「僕はグリーンが嬉しいって思ってくれたのが嬉しい……」
いつもここで二人で話してた。
でもぎゅってさ、二人しかいないのに、そんなにくっついてるのは変だから一段ずらして座ってた。
今日は並んで座って、ぎゅって、狭い非常階段でぎゅってしてる。
「青葉、その……確かめてもいい?」
肩と腕がぴったりくっついてる。
二人しかいないのに、こんなにぎゅっと並んでるのは。
「……ぅ、ん」
触りたい、から。
「……青葉」
そう思ったのは初めてだったんだ。好きな女の子はまぁまぁいたけど、触りたいって思ったことはなかった。でも触りたくて、触れたくて、同じ段に座った。
「ぅン、グリーン」
僕の真っ黒な瞳と違って、僕らの名前の色を混ぜて溶かしたグリーンの瞳には何色も色が詰まってる。不思議な色で、見れば見るほど綺麗で、つい見惚れてしまう。
ほら、今度は緑色が深く濃くなった。
目を閉じる瞬間には青色も見えた。
僕の名前の色と。
グリーンの名前の色。
混ざるととても綺麗で深い色になるんだなぁって思いながら瞳を閉じると、唇に今まで触れたことのないような柔らかさが触れた。
不思議な柔らかさだった。
それと。
「……どう? 青葉。いや、じゃない?」
そしてその柔らかいのが離れて、目を開けると、すぐそこに光でキラキラ輝く淡い色が微笑んでいて。
それとね。
「ちょ、なんで、青葉笑ってる?」
「だって」
それとね。
イヤ、じゃなかったんだ。
恥ずかしいのに、君に触れるのは。
「だってさ」
「?」
イヤ、じゃなくて。
「これ、僕のファーストキス」
僕はすごく嬉しかった。
「グリーンにあげたの、イヤじゃ……なかったよ」
僕が恥ずかしいけれど君に触れると、君がとても嬉しそうで。
僕はそんな君がいとおしいって思ったんだ。
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