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第35話 ヤマはなんでも知っている
昨日……彼氏ができました。
と、ずっと、ずーっと何をしてても考えちゃう。
大学の門のところでグリーンと別れて、一人でバスに乗っている間とか、帰ってきて夕飯を食べてる時とか、自分の部屋で動画を見てる時とか。
彼氏、いるんだぁって。
ふわふわ、ほわほわってしながら。
「……」
今も、大学に向かうバスの中で、ふわふわ、ほわほわしながら、そのことを考えて。
ふと――。
キス、したなぁって。
僕には、持論がある。
BLってファンタジーだから面白いんだってやつ。
BLは大好きだよ。
けど、それは、僕にとってとても遠い、入ることのできない場所での出来事だから楽しかったんだ。
でも、キス……できたなぁ。
ちっともイヤな感じしなかったなぁ。
なんてことを思い出しながら、考えながら、バスの揺れに珍しく酔っちゃいそうで目を閉じた。
『次は……大学前……次は」
タイミングとか悪いのはいつものことで、寝てしまおうと、バスの座席にもたれながら目を閉じた瞬間、次でおりますよって、アナウンスが聞こえた。
そして、なんとなく周囲の人もゴソゴソとバスを降りる準備を始める。
そうだ。山本にも言わないと……かなぁ。
あいつ、僕が大学一のイケメンと付き合うって言ったらどんな顔するかなぁ。
まぁ、驚くよね。けど、男同士ってところに関しては柔軟だろうし。でもでも、ものすごく驚くよね。タイミング逃しちゃって、グリーンと仲良いってことも言え――。
「!」
バスが大学前のバス停に止まり、ゾロゾロと降りていくなか、少しいつもと様子が違うなって思ったんだ。
なんというか、賑やかっていうか。どうかしたのかなぁって思いつつ、山本にいつどんな感じで言おうかなぁって。
だって、「僕ら、お付き合いしています」なんて週末やってるご長寿トーク番組みたいに新婚さん風にご報告、なんていうのも変だし。さらっと言うっていっても、そういうのを上手にサラッとできないから、ずっと山本に言うタイミングを逃してたんだし。
「やぁ」
なんて、そんなことを色々考えながら、バスを降りたら。
「おはよう」
彼氏がバス停の前で待っていた。
「! グ、グ」
「結構ギリギリので来るんだ」
「グッ!」
「グッド?」
「違う違う! ちょっ、こっ、こここ」
こっち。って慌てて手を引いてバス停から二人で離れた。
「どのバスで来るのかわからなかったから。三本目ので青葉が来た」
じゃあ、二本、あんなふうにバス停でバスの降り口のあたりで待ち構えてたの? 大学一のイケメンなのに? そりゃ、降りてくる人みんな驚くでしょ? 誰待ってるんだって、興味持つでしょ? 突然芸能人が現れて騒然としている現場そのものだったじゃん。
グリーンは目立つんだから。
「スマホで連絡とか!」
あるじゃん。バスは何時ので来るの? とかさ。
「あぁ、そうか、なるほど」
イケメンですごく頭も良いのに、外国人なのに僕と普通にペラペラと日本語で会話できちゃうくせにどうして、どうして、どうしてそこだけ急に天然なんだ!
「あそこにいれば青葉に会えるってことしか考えてなかったよ」
考えて!
マジで、考えて!
グリーンがバス停でそんなにずっと待っていた人って誰なんだってなるから。どれだけ可愛い子なんだって、女子も男子も興味津々で見守っちゃうから。
なのに出てきたのが、「……………………君、誰?」ってくらいに普通のどこにでもいるような一大学生じゃ、みんな、ぽかんとしちゃうから。
本当に。
「バス乗らないの? ってみんな思ったのか、不思議そうにしてたけど」
本当に!
そして違うから。乗らないの? じゃなくて、誰待ってるの? ってみんな思ってただけだから。
「運転手さんにも紛らわしいだろうから、降り口のところで待ってたんだ」
なるほど……じゃなくて、だからあんなに待ち構えるようになってたのか。
「昨日は青葉、SNSもつぶやかなったし」
それは君のことを考えてたからです!
「なんか、昨日のことは俺の願望が夢になって出てきたのかなって、ふと、信用できなくて」
昨日は僕にとっても驚きの一日だったんです!
「でも、やっぱり夢じゃなかったみたいだから」
本当に。
「……よかった」
本当に。
「青葉?」
僕も、結構浮かれてた。
「なぜ笑ってる?」
だって、毎日何かしら呟くのに、昨日は忙しくてすっかり忘れてた。君のことを考えてたからさ。
付き合っちゃった、って。
キスできちゃった、って。
びっくりしたなって。
「なんでもない」
僕も君と同じで、ずっと君のことを考えてたから。
「いや、もう、知ってた」
「「え!」」
僕ら二人でハモっちゃうくらいにびっくりした。
「だって、今朝、グリーンがバス停の前で誰かをずっと待ってて、降りてきたお前と手を繋いで、どっか行ったって噂で聞いてんもん」
「「!」」
山本は山盛り激安オムライスをパクリと口にしながら、にっこりと微笑んだ。
「あ、あの山本」
「ヤマ」
「そっかぁ。青葉のフォロワーのアイビーがグリーンかぁ。めっちゃコアファンだなぁって思ってたけど」
だって、あおっぱ。にはご執心なのにヤマとは一切関わらないし、フォローもしないから、きっとあおっぱ。のコアファンなんだろうなぁって思ってたよって。そして。
「まぁ、よかったじゃん? 二人とも嬉しそうな顔してっから」
そういつも通りの口調で言って、またパクリと僕ら、わかめうどんの前で大人気オムライスを口にした。
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