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第37話 小さなデート

 今まではなんでチビ助地味キャラの僕とイケメン陽キャ、果てしなく陽キャなグリーンと……って、思ってたのに、戸惑うとか躊躇うとか、困ってる感じの気持ちのほうが強かったのに。  指の先っちょだってなんともなかったのに。  けど、急に、チクチク、ツキツキした。  指の先っちょ。  グリーンが女の子に話しかけられて。そんなの前だって見たことあるし、むしろ誰にも話しかけられず、ぼっちでいることのほうが珍しいのに。なんで。  これは――。 「恋煩い」 「…………へ?」  指先をじっと見つめていたら、そう声をかけられて。 「うわぁ!」  すごく近くで坂部さんが僕を覗き込んでいて、ものすごく驚いて声が出ちゃった。 「えー? そんなに驚く?」 「す、すみませっ」  コンビニの中でものすごく大きな声出しちゃった。  お客さんが少ない時でよかった。  けど、坂部さんは慌てることもなく、失礼なくらいに仰け反って驚いた僕に怒ることもなく、穏やかに笑ってる。 「指、切っちゃったのかと思ったよ」 「あ……いえ」  指をじっと見てたから、心配してもらっちゃったのか。 「どうかした?」 「ぁ、いえ……」  どうかしちゃった、のかも。でもこんなことを相談しようにも僕らのは、その、男同士、だし。 「グリーン君と何かあった?」 「へ? え? なんでっ、グリーンって」  またもや驚いて、今度はぎゅっと坂部さんを見つめながら、一歩近寄ってしまった。なんで見ただけで、僕の考えてることがわかっちゃったんだろうって。 「そりゃ、わかるよ。この前、居酒屋で偶然会った時、すっごい顔して君のこと守ってたもん」 「……ぁ」 「もう付き合ってるの?」 「ぁ、えっと」 「そっか。おめでと」 「!」 「っぷぷ、だから、わかるってば」  そんなに? 顔とかに出てる? 僕? 「言ったことなかったけど、俺もそうだから」 「……へ?」 「俺、同性愛者」 「へ、えぇぇぇ?」  坂部さんは僕の反応が楽しいようで、一つびっくりするごとに笑ってた。けど、びっくりするでしょ? こんな身近にものすごいぴったんこな相談相手がいるなんてさ。 「だから、色々相談乗るよ? 俺でよければ、だけどさ」 「……ぇ、あ、じゃ、じゃあ」 「うん」  今ならお客さんいないし。二人シフト制だから休憩とかズレてるから、話せるのってここでだけだし。 「超初心者レベルの……ことなんですけど」 「うんうん」 「めっちゃ初心者レベルなんでっ! すけど」 「いいよ。なんでも」 「っ」  今しか相談できそうないから。 「あ、あの、じゃあ、遠慮なくっ」  グリーンからメッセージが来てた。  レポートの息抜きに散歩に来たんだって。同じ学科で、同じように一人暮らししてる地方からの男子がいて、自転車借りられたからって。  それって散「歩」じゃなくないって思いながら、自転車でちょっとお出かけっていうには少し距離長くない? って思いながら、返事を打ってた。バイトの休憩時間に。少し笑いつつ。ちょっと不気味かもしれないけど、休憩は基本一人だから大丈夫。誰にも見られてない。  ちょうど僕のバイトが終わる頃に散歩でちょうど僕のバイト先のコンビニの前を通るから。  僕も、グリーンのとこも夏休み前で、課題のレポートがいくつも出てて、資料の準備とかもしないといけないんだけど、勉学も大事なんだけど。  散歩で通るそうなので。  ちょうど僕もバイトが終わったので。 「おーい!」 「!」 「売れ残りのパン、廃棄になっちゃうの勿体なので、一緒に食べませんか?」  ちょうどパンもあるので、二人分のペットボトルのお茶も今なら十円引きなので。 「すぐそこに公園あるからさ」  ちょっとそこまで、小さなデートに彼氏を誘った。 「それで坂部さんが、あ、これは僕とグリーンだけにって教えてくれたんだけど」 「うん」  公園のベンチに二人で座りながら、パンを二つずつ。それからお茶。ハイキングみたいな感じで。 「同性愛者なんだって」 「えぇ?」 「ね。びっくりするよね。僕もすっごい驚いた」  超初心者な悩みすぎてめっちゃ微笑まれた。  あはは、可愛いねって。  けど、びっくりするし戸惑うじゃん。ついこの間までは気にならなかったのに。まるでがらりと何かがひっくり返ったみたいに、違ってるんだから。  ――そういうものだよ。 「彼氏もいるんだってさ」 「へぇ」 「あ、そこで今ホッとした」 「そりゃ、だって。青葉のこと」 「だーかーら、ないって。むしろ、そういう危機感持つのは僕のほうだから」 「違うっ! 青葉はっ」 「このお茶、美味いよ。新発売の、飲む?」  ほらほらって差し出して。  ぐいぐいって押し付けて。 「あ、え? あぁ、うん」 「飲んで飲んで」  ぐびって飲んだら、返してもらって。 「青葉? 何笑って」 「えへへ」  僕もぐびっと飲むんだ。  ――だって、グリーン君のこと友達としてじゃなく好きなんだから。 「男同士だから、あ、いや、異性でもどうなのかって感じか……ほら、屋外じゃん。だから、できないけど、間接的な?」  ――ヤキモチ、やいちゃったんだよ。彼氏だから。 「キス……みたいな? えへへ」 「……」  好きなんだから、さ。  ヤキモチもするし、まぁ、ふとした時に、キスだって、したくなる……でしょ? 「青葉。頭に葉っぱついてる」 「ぇ? どこ?」 「頭の上のとこ、見えない?」 「えぇ? ど、」  どこ? って顔を上げたら。 「……」  ふわって。 「一瞬だから、いいかなって……」  キスして、グリーンが嬉しそうに笑ってた。その笑顔を見たら、頭の中で坂部さんが笑いながら言ったことを思い出して。  ――好きな人って、ことだよ。ただ好きだから、妬いちゃったってだけだよ。  そして、この間、チクチクツキツキした指の先っちょは、ふわふわで、少しくすぐったかった。  ――そんなの、当たり前だよ。

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