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第38話 夏がきたよ。

 うちの大学ってそんなものすごーく頭のいいとこってわけじゃなく、うちを滑り止めで受ける人もけっこういるような、中くらいの大学。  それなら、ほら、なんていうかもっとこう大学生ライフを楽しめる感じにさ、なっているかと思いきや……そんなことなくて。前にあった懇親会の時に先輩方が言ってた。二年生も三年生も、もちろん、四年生も。  ――うちの大学、夏前にすっごい量の課題レポート提出の嵐があるからさ。  そう言って、先輩方々に応援してもらった。  中には三回でレポートを受理してもらえたら、めちゃくちゃ優秀なんていうツワモノレポートもあったりして。僕はもちろんそのツワモノを……三回で倒せるわけもなく。 「はぁ……本当だった」  そして、そんなツワモノを本日ようやく倒せた。これで僕の夏が――。 「……眠い」  あんま、寝てないんだ。  目を瞑ると、フル稼働しっぱなしで働きづめだった脳みそが、もうヘトヘトです、閉店ガラガラでーす、またのお越しを……って、ずーんと枕に沈むような感じが。  ――ぴこん。  ヘットヘトで帰ってきて、靴下も履いたまま、もうそのままベッドに沈み込んだ瞬間だった。手に持ったままだったスマホが眠りに入ろうとする持ち主の邪魔をするように小さな立てた。ブブブって。  眠いのにぃ。  でも、気がついちゃったら、なんだろうって気になるでしょ? 何か通知が来てるってわかったら、中身知りたいじゃん。 「……んー」  だから薄目を開けてスマホを見たら。 「!」  グリーンからだった。  レポートお疲れ様って。  大学の帰りにフラフラしながら「レポート全部かんりょおおおおお!」って呟いたんだ。もうこれで僕はレポートにうなされることはなああああいっ! って。  ――俺も、明日、今書いてるレポート提出したら終わり。  あ、そうなんだ。まだあるんだ。じゃあ……。  ――青葉が今日レポート完了するなら俺も必死に徹夜して今日提出にすればよかった。  いやいや、そこは無理しちゃいかんでしょ。僕の場合は無理しないとマジでダメだったからなだけで、もう日頃の勉学への励みが足らないのと、そもそもの脳みそが足らないから、仕方なしの徹夜だから。そんなことしないでレポート完成させるのが一番だから。  ――けど、レポート、終わったら。  うんうん。  ――花火大会、行かない? あるって、聞いた。  お。  ――青葉と見たい。花火。もう予定。 「は、入ってるわけないじゃん!」  つい、口頭で返事しちゃったじゃん。そんなの聞こえるわけなくて、っていうか、それ文字で打つのちょっと焦ったくて。 「もしもし? 行く! 花火大会!」  そう、通話で突然言ってみたんだ。だってさ。 「僕、行ったこと、ないから!」  初めて見るんだ。花火を花火大会の会場でって。  グリーンは突然の通話切り替えと、出た瞬間に耳がキーンってしちゃいそうなくらいに大きな僕の声に、少し驚いて、笑って、電話越しの少しざらついた低い声で、「わぉ、青葉と花火見られる」そう笑いながら小さな声で呟いた。  夏といえば、スイカでしょ。僕、一度、いつかやってみたいんだよね。スイカの、あの半分に切ったやつを食べるの。いっつもカットしてあるのじゃん? どかーんと男らしくさ。食べてみたいんだ。でも、いつも丸ごとは冷蔵庫に入らないそうで、半分サイズのを買ってくるから。それを一人で食べることになっちゃうのはねぇ、さすがにねぇ。  それから夏といえば、ありますよね。  オタクには最大のイベントが。  行ったことはないんだけどさ。だって買えなかったですから。今までは。お宝を目の前にしてそれを堪えるなんて地獄の苦しみを味わうくらいなら行かない方がいいです。で、今年は行きたいなぁって思っててさ。グリーンも行くかな。  それから、それから夏といえば……。 「お母さん! まだ? ね……ぇ」 「はいはい。もう、浴衣自分で着られないんだから急かさない」  夏といえばあるじゃん。  夏らしいイベント。海にプールに花火大会。  オタクだったので、いや今も普通にオタクですけれどもね。そういう陽キャエンジョイイベントって行ったことないんだ。  それに、実はさ花火ならうちから見えるんだ。少しだけ、いやかなり小さくはなるんだけど、うちのベランダの端っこから見えるからさ。ちょっとだけビルが邪魔して欠けちゃうんだけどさ。だから、会場では見たことなくて。山本と行ってもね……それに山本は暑いし蚊のエサになりたくないとか言ってそもそも行きたがらないし。あの痒くなるのは蚊の唾液なんだぞ! とか騒がしいし。  まぁ。  僕も。  そんなに行きたいわけでも。 「まぁ、素敵」  なかった……けど。 「イケメンは何着ても似合うのねぇ」  なかった……んだけど、ね。 「あの……すみません。俺も浴衣着せてもらって」 「いいのいいの。ごめんねぇ。ちょっとパパのだから渋すぎるけど、でもグリーン君イケメンだから似合うわぁ。きっとナンパいっぱいされちゃうわよ」  え? それはちょっと、ダメなんだけど。  でも、すごく、今。 「青葉」 「!」 「どう?」  すごく、今は、花火大会行きたい。 「ぅ、うん」  すごくすごく、行きたい。 「ありがとう……とても嬉しい」  すごくすごーく、行きたいって、思った。

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