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第40話 打ち上げ花火は……
びっくりした。
「こんなにたくさん人がいるのに遭遇するなんてすごい偶然! 元気?」
高校の時好きだった女子が浴衣を着て、ポニーテールに花の飾りをつけて、キュッと肩をすくめて笑ってる。
「ぁ……うん」
「大学行ってるんだよね? 私、専門なんだぁ」
知ってる……その時、好き……だったんで、進路とか結構気にして聞いちゃってたから。
やっぱ背高いなぁ。
女子バレー部だからなのかな。バレーって背が高い人多いけどさ、あれはバレーをやってると背が高くなるのかな。背が高いからバレーをやってるのかな。どっちなんだろう。って、子どもの頃から謎だった。今でも謎だったりする。まぁ、解明しようと頑張って調べたりしてるわけじゃないから、永遠に謎のままなんだろうなぁって。
「えー、なんかカッコ良くなったねぇ」
「え? 僕? ないない……そんなことは」
「数ヶ月しか経ってないのに変わるものなんだねぇ。びっくりだよお」
僕も、びっくりした、けど。
「あ、っていうか誰かと来てる? だよね。あ、浴衣もすっごい似合ってる。かっこいい。私は、同じクラスだった、覚えてる? ヒナと、」
びっくりしただけだってことにびっくりしてた。
「……ぇ」
そしてまたもっとびっくりした。
「わ……え? ……」
「ぇ……グリーン」
今度は心臓が止まるくらいびっくりした。
「……青葉」
そして、グリーンを見たら、一瞬止まった心臓がトコトコトコトコって、踊ってる。胸のところで忙しなく、きゃーって叫びながら。
だって、手でぐいって肩のところを、ぐいってなんていうの? 抱き締められたような、タックルされたような。とにかく衝撃的で。
さらわれる……と、思った。
「あ、えっと、ごめん。僕も、その、友達と来てるから、それじゃ」
「あ……うん」
「バイバイ」
同じクラスで僕が高校最後に好きだったけど背が追い越されちゃってチビ助な自分にショックだーって思い出になった子に手を降って、僕はグリーンが買ってきてくれたジュースを受け取ってそこを離れた。
「グリーン、こっち」
「ごめん。青葉……突然だったから、俺」
心臓止まったじゃん。
「あの、さっきの、女性はっ」
そんで、心臓踊っちゃったじゃん。
「勘、だけどっ、もしかして青葉が高校生の時に好きだった」
「……」
「……女性、なんじゃ……」
もぉ。
「青葉」
振り返って頷いたら、イケメン台無しレベルでものすごいショックな顔をしたグリーンが僕を見つめてる。
もぉ、怒ったぞ。
「ねぇ、グリーン」
「っ」
そんなショックを受けるのは僕の方なんだからな。
「どうすんだよ!」
なんちゃって。怒ってないけど、なんか怒ったようなフリしてみたり。
「ジュース!」
「え?」
「こぼれて半分になっちゃったじゃん! それに浴衣濡れてるじゃん!」
「!」
本当にイケメン台無しな、壮絶にショックを受けた顔をして、そして、僕の言葉に、もうまさに「ガビーン」って漫画でももう稀にしか使われないような、そんで縦線が顔に入っちゃうような顔をして、英語で何かペラペラっとものすごい早口で……多分、謝ってる、んだと思う。
ソーリーって……多分、今、このすごく短い中で五回くらい聞こえた気がする。僕のなけなしの英語力で、聞き取れただけでも。
「ほ、本当にごめんっ! つい! 身体が勝手に動いて! 浴衣、オーマイゴッド、これ、弁償する」
出た。おー迷子。あの時、迷子なのかと思ったっけ。
「青葉っ、ごめん! 謝っても、その」
「ほら、水道、そこにあるから」
「!」
まだ花火大会は始まらないみたい。でもどんどん人が集まっていて、女子トイレの方は列が出来てるけど、男子トイレの方は大丈夫。
水道でグリーンの浴衣の袖を水洗いしてあげてると、鏡越しに、もしもケモ耳がくっついてたら、ぺっしゃんこになっていそうな顔をしたグリーンがいた。
「……本当に……」
「浴衣は水洗いで大丈夫でしょ。すぐに乾くだろうし。ちょっとぺしょぺしょするかもだけど」
「……それもそうだけど」
「ジュースは……半分も減っちゃって勿体無いですけど」
「それはこっちのと交換で」
「そっち何味?」
「……緑茶」
なんてこったい。ちっとも惹かれない。
「後で買って来る」
「いいよ。大丈夫だってば」
「……それと」
「それは本当に大丈夫」
「いや、そうじゃなくてっ」
あの子のこと、でしょ? 話してたのに邪魔しちゃってって。しかも、両手にドリンク持ってたから。ペットボトルとかなら大丈夫だっただろうけど、プラスチックの蓋つきカップだったから二つを片手でがしっと持つのは無理で、けど、僕とあの子の邪魔をしたくて。
だから、腕で僕を引き寄せたんだ。ぎゅって。
あの子にしてみたら、結構な絵面だったかもね。これが同じアニ研の女子とかだったら「きゃあああああ!」って阿鼻叫喚の絶景だったかも。ちょっと動かないで! 写真撮らせて! って言われちゃうかも。そんなだし。ジュースこぼれるし、手にかかるし、そしたら手ベトベトだし。
でも、まぁ、それは怒ってないんだ。
ちっとも。
「あの子、そう僕が高校で好きになった子」
「!」
「けどさ、びっくりしたけど、びっくりしただけで、そのびっくりしただけっていうことにびっくりした。あれ? こういう感じだったっけ? って」
「……」
「好きって、こういう感じだったっけ? って」
「……青、」
「グリーンのと、全然違っててさ、びっくりしてたんだ」
ドキドキ、したのは。
あの子に遭遇した瞬間じゃなくて、グリーンが攫ってくれた時だった。それから浴衣姿で微笑んでくれた時。それに、今も――。
「青……葉……」
「うん……」
ドキドキしてる。今も。
「青……」
君に。
「……」
そっと、鏡越しじゃなく見つめ合う。トイレは薄暗くて、浴衣と手を洗ってあげてる僕の手を、グリーンが握り返して、指先が絡まるように触れ合って。
「青葉」
視線が重なる。睫毛が触れ合うほどすごく近くで、君の吐息が、僕の唇に触れて。
――ヒュウ……。
外で、花火大会、一発目の打ち上げ花火が空を登っていくんだろう音がした。
「花火が」
花火があがるよって教えてくれるその唇に僕から、キスをした。
「うん」
そう、返事をしながら、僕は今、好きな子にそっとキスをした。
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