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第42話 じんじんしてる、けど

 最後はもう夜空が花火で溢れるくらい。  いくつもいくつも花火が打ち上って、僕らはその舞い落ちる火花に触れてみたくて、二人で手を空に翳した。  空を見上げたまま、手を繋いだまま、繋いでいないほうの僕は右手を、グリーンは左手を花火へ。  その見事な花火が広がる度に夜空に見惚れて。  火花が開いてから少し遅れて聞こえた弾ける音に鼓動を踊らせて。  生まれて初めて、最後まで楽しくてたまらなかった花火大会に、ずっと笑っていた。  そんで、帰ろっかって、一歩歩き始めた瞬間、飛び上がっちゃった。遠足でよく言われたやつ。履き慣れた靴で行きましょうってさ。下駄なんて履かないもん。 「平気? 駅前にコンビニあったから」 「うー……大丈夫、イっ」 「だ、大丈夫?」  半べそな僕を心配そうにグリーンが覗き込んでいる。  大丈夫だけど、痛くてさ。  たかが靴擦れなんだけど、でも、これ、けっこうすごいレベルでズル向けしてる気がするんだ。暗くて良く見えないけど、でも、きっとすごいですよ、これは。痛さがハンパじゃないもん。  慣れない下駄でひょこひょこ飛び跳ねて花火に大興奮してたからさ、その時は少し痛い……かも? ってくらいだったんだけど。花火が全て終わって、さぁ戻りましょうって歩いた瞬間。  アタタタタタタ。  って、あるで格闘ゲームのキャラクターのように叫んじゃった。  ただいま、そんな下駄に負けて、絶賛両足の親指と人差し指に拷問をしている真っ最中。痛いです。とっても。コンビニまでがとてもしんどいです。 「おんぶしようか?」 「へ、平気っ、ゆ、浴衣だからっ」  これでおんぶしにくいでしょ? するほうも、してもらうほうも。そう言って遠慮をしたら、しばらくグリーンが自分の両手を見つめて。 「じゃあ、こっち?」  そう言って、真剣な顔をしながら両手で何かを抱えるように手を前へ差し出した。 「もっと! ダメだからっ!」 「お姫様抱っこ」なんて。  そんなの普通に男女でもしてたら、目立つから。それをそもそも歩いてるだけで目立つグリーンにお姫様抱っこなんてしてもらったら、僕は呪われちゃうって。 「そう?」 「そうですっ」  片足だけだったらまだマシだったけど、両足なのがしんどい。右も左も少しだけ下駄の紐から離して、指の先っちょに鼻緒をひっかけるようにしながら歩いてる。 「っていうか、遅くてごめん」 「全然」  そんな状態でのろのろと歩いてるから、目立ってるし、遅いし。もう何十人の人に追い抜かれたかわからない。 「青葉と一緒にいる時間が長くなるから大歓迎。あ、コンビニだ。待ってて、買ってくる」  ようやくコンビニに辿り着くと、グリーンが駆け足で店へ向かった。  歩くのをやめると足の指がホッとしたように感じられた。鼻緒を引っ掛けてずっと歩いてたから力をいれっぱなしだったんだ。  そして戻ってきたグリーンの手にはペットボトルのオレンジジュースと絆創膏。 「あっちで貼ろう。ベンチがある」 「あ、うん」  指さした先には公園があった。駅は反対側だから花火を見終わった人たちは見向きもせずに駅のほうへと向かっている。公園の中は静かだった。 「座って」 「うん」 「貼ってあげる」 「え、いいよ、足なんか」  汚いじゃんって言おうと思ったけど、胸のところがキュウってなったから言えなかった。暑くて、けど、触れてくれたグリーンの指先が冷たくて、そのひんやりとした心地にキュキュって身体が縮こまる。 「けっこうひどいな」 「うー……やっぱり? 血、出てる? 薄暗くて、僕には見えないんだ」 「血は出てないよ。けど、かなり痛そうだ」 「っ」  足の甲をそっと撫でられて、喉奥がきゅっとする。 「お風呂沁みるかもしれない」  絆創膏を貼ってくれているだけなのに、足なんて人に触られたことほとんどないから、緊張する。 「ごめん。俺、不器用だから」 「う、ううん」  ドキドキする。 「そ、それにしても、なんでだろ。グリーンだって下駄なのに」 「あぁ、俺はビーサンでよく出歩くからかな。足の指が慣れてるんだ」 「なるほ、ど」  そんなとこ触られて、ドキドキしてる。 「青葉の足は繊細だ」 「そ、んなこと……」 「とても綺麗な足をしてる」 「……いやいや、そんな……」  すごく、ドキドキして。 「……ことは…………っ」  褒めてもらえた足にどれだけひどい靴擦れができちゃってるんだって、身体を前に倒して見てみようと。 「……」  そしたらグリーンが、キスを、した。  前かがみになった僕と。  僕の足元で、僕の足の指を撫でて、そっと大事なものみたいに僕の足首を手で掴んで。 「……ン」  触れて、でも、それだけじゃなくて少し、唇を吸われて、小さな声が零れた。  甘い、ちょっとだけ鼻にかかったような声が。 「……ん」  そして角度を変えて、もっとしっとりと唇同士が触れて重なって、声が零れて。 「ん」  キスにも、手に掴まれた足首にも。 「さっき」  わ、グリーンの声、なんか低くて、ヒソヒソしてて、掠れた感じが。 「青葉が言って……くれた、の、嬉しかった」 「?」 「俺とは、その、したいって。話したいとか、花火を一緒に見たいとか」 「ぁ……うん」  耳元で囁かれるとくすぐったいはずなのに、くすぐったいというよりも、そわそわする。 「俺も青葉と話したいって思ってるし、一緒に花火見たかった」 「ぅ……ん」 「でも俺のはそれだけじゃなくて」  このそわそわはむずむずにも見ていて、じっとしてられないっていうか。 「もっと、」  そこでグリーンのスマホが「おーい!」って電子音のベルを鳴らした。 「グリーン、あの、電話」 「っ……ごめん」  グリーンはパッと手を離すと立ち上がって、ポケットに入れていたスマホを出した。 「もしもし? ……あ、今、外、いや……」  大学の、かな。日本語だし。 「いや、俺は、いいよ。また別の日に、それじゃあ」  電話を手短に切ると、一つ深呼吸をして、スマホをポケットに戻した。 「大学の、近くのアパートの奴ら。花火大会行ってないなら、集まろうって」 「あ、うん。行ってくる?」 「いや、断ったよ。けど、俺たちも帰ろう。歩ける?」  グリーンは人気者だ。きっとこの花火大会に誘いたかった子もいる、よね。 「帰ろう」 「あ、う……んって、だから! お姫様抱っこしないってば。それに絆創膏貼ってもらえたから、もう歩けるよ」 「なんだ……残念」 「もぉ!」  歩けるよ。でも少し痛い。それから少し、グリーンが触れたところはじんじんしてるけど。  指先も、足首も、唇もじんじんしてて、自然に指で触れてしまうほど、じんじんしてる、けど。

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