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第44話 うぶ、うぶうぶ

「あ、ちょ、グリーン、怖いよ」 「でも……このままじゃ……濡れてるし」 「けどっ……」 「濡れたままじゃ、気持ち悪いだろ? スッキリするから。大丈夫、そっとやる」 「ん、ほ、本当にそっと、だかんな」 「もちろん」 「いくよ?」 「ぅ……」 「のおわぁ!」  うんって、言うのと、おかしな叫び声が聞こえたのはほぼ同時だった。 「へ? あ、山本」  資料棟の裏でいつもみたいに話してたんだ。 「へ? え? お前ら」 「?」  そしたら、山本が転んだみたいで、尻餅をついていて。 「もおおお! なんだよ。お前ら、こんなところで青姦してんのかと思っただろ」 「は、はぁあぁぁぁぁ?」  尻餅をつきながら突拍子もないことを言い出した。 「もぉ、山本、バカなんじゃん? アホ?」 「それはこっちのセリフだ」  グリーンは友達からスマホに電話があって、呼ばれちゃって、自分の学科棟に戻っていった。  そして、ものすごいワードを叫んだ山本がグリーンの代わりにそこに座った。 「ったく、ナニしてんのかと思うだろうが」 「スケベ……なに、の発音がスケベ」 「スケベなことをしてんだと思ったんだよ」  ただ僕の下駄擦れの絆創膏を張り替えてくれてただけ。心配してくれたグリーンが絆創膏を持ってきてくれたんだ。今朝は雨が降っちゃって、すぐに止んだんだけど傘を持ってなかったから、慌ててさ、道端にできていた水たまりにぽちゃんと落っこちた。もちろん、長靴なんて履いてなかった僕は残念な足元になって。  それを心配してくれたグリーンが絆創膏をちゃんと張り替えなくちゃって。  その会話を山本が、青……青……か……ん、と勘違いした。 「す、するわけないじゃん。ここ大学だよ?」 「まぁなぁ。けど、資料棟の裏手なんて誰も来ないし、高校の屋上以上にそういうスポットにはなるかなと」 「なるわけないだろ! 実際、山本来てんじゃん!」 「あははは。確かに、それにここの場所にいるって教えてくれたのグリーンと同じ学科の女子だったしな。前髪パッツリ切ってる」  立夏さん……だ。前髪パッツリ。 「にしても慌ててたお前、面白かったわぁ。初すぎんだろー! 顔真っ赤にして!」 「!」 「うぶうぶな中学生かっつうの」 「っ」 「う……ぶ……」  だって。 「うぶうぶ……なんか?」  仕方ないじゃん。 「う、うるさい」  したことないんだから。 「は、はぁ? おま、お前ら、付き合うってなったの結構前だろ?」 「レポートで忙しかったんだよ」 「へ? けど、ほら、グリーン、一人暮らしじゃん。一緒にレポートしましょーっつって、部屋でお勉強なんてし始めたつもりが、そのシャーペン握る指先にどきマギしちゃって、からの、目が合って、ガバーっつって」 「そ、そんなBL展開は漫画のお話なの! リアルはまじでレポートやらないといけなかったしっ、だから、その間は会って……なくて……」 「……」 「だから、その……」 「お前、BL漫画じゃ、高校生だってブイブイ言わせてるのに……お前ぇ」 「う、うるさいなぁ!」  だって、本当にレポートやらないといけなかったんだ。いくつもあるし、それを一つずつ片付けるって言ったって、資料探しからだし、ネットで、じゃそれこそ見つけられない文献とかだってあるし。だから、資料棟にだって裏手まで行く時間なんてないほど忙しかったし。  目が合ってガバー、なんてやる時間、なかったもん。 「そっか……お前自身、十八歳超えた大学生なのに、まだ十八禁の世界に入れてないんだな。かわいそうに……」 「! そ、それは山本もだろっ」 「俺はいいんだ。彼女いるわけじゃないしな。けど、まぁ、焦ることないだろ。夏がある!」  山本はそう言うとにっこり笑って。 「それに俺はまだレポートが残ってる!」  僕が持っていた資料の本を受け取ると、そのまま呑気に手を振って帰っていった。僕の学科と、山本の学科は被ってるところがいくつかあって、だから、僕がレポート終わったくらいに声をかけたら資料そのままごっそり借りられるじゃん? って、待ってたんだって。 「もぉ、レポートまだ残してたのかよ……」  そう僕は一人、資料室の裏手でぽつりと呟いて、膝を抱えた。  そりゃ、僕だって、まぁ、男子だし、そういうの脳裏にちらつかないわけじゃないよ。そりゃ、ね。けど、レポートどう? 頑張ってる? って、訊いても、頑張ってるよ。日本語で書くのはやっぱり少し難しいねって、グリーンがさ。  言うから。  僕だって、じゃあ、教えてあげようか? って言ってみたんだ。  けど。  大丈夫。時間はかかるけど、その分、勉強になる。  なんて、ちゃんとしたこと言われたらさ。なんか、それ以上は何も言えないじゃん。がんばれーって思うじゃん。邪なこと考えてたらダメだなぁって。  なるじゃん。  じゃあ、俺の部屋で日本語教えてもらえる?  って、言われないんだから。  仕方ないじゃん。 「……うぶ……かぁ」  それ以上、どうやって言えばいいのかなんて、初めてなんだからわからないよ。  背中を丸めて、そんなことを呟くと、小さく溜め息も一緒になって溢れた。

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