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第46話 BLみたいにさ
お尻は頑ななまま。
毎日ちょっとだけ触ってみるんだけどそれだけで、それ以上はちょっと怖くて進められてないっていうか進められてないっていうか。
でも、そうやすやすと入られちゃったら困るでしょ。だからお尻だって、きゅっとするよ。きゅきゅっとさ。
「あ、なぁ、あの人知ってる?」
「ほへ?」
そう言って山本が次にこの大講義室を使うために入ってきた人たちのほうへ視線を送った。
今日は山本のいる学科との合同講義がある日だった。今、講義が終わったところで、入れ替わりで次の学生たちが入ってきてる。
みんなが少し楽しそうなのは講義が楽しいわけじゃなくて、夏休みが目前だからだ。他の学生はあと数日でやってくる大学生として初の夏休みに浮かれてる。
でも僕だけはぼけーっと僕の頑ななお尻について考えてた。
そんな僕の隣に座っていた山本が指さしたのは。
「モデルスカウトされたんだってよー。でも、まぁありえるよな。綺麗な顔してるし」
あ……あの人知ってる。建築科の人だ。
「グリーンといい、普通の大学なのに顔面偏差値は高いのかもな」
三年だっけ? たしか。たった三年違うだけであんなに大人っぽくなるものなのかなぁ。
すごい美形で有名な先輩で、僕も前にグリーンとお似合いじゃんなんて思ったことがあるくらい。たしかにすっごい綺麗なんだ。あのくらい綺麗だったら、なんか、実写BL感があるから、お尻のほうも……緩そう。いや、なんというか、するりと入っちゃいそう。お尻の穴もファンタジーっていうか。
「おーい、青葉?」
「は、はい!」
「? どうしたん」
「っ、な、なんでもないっ」
「お前、彼氏いるからってもう夏休み気分なんだろー。ダメだぞ」
「そ、そんなんじゃないしっ」
「にひひひ。そんじゃーな。俺、このあと、パソコン室だからさ」
「うん」
山本はにやりと笑ってから手を振って、このまま大講義室の入っている棟の二階へと階段を駆け上がっていった。パソコン室はこのフロアの二階にある。
「……」
あの後、僕は、ローションなるものを買ってみた。
薬局で売ってるってネットに書いてあったけど、ちょっと恥ずかしいからネットで。トロトロしてて、透明で、何度か試してみたけど。
それから……。
グリーンとはあのキスより先には進んでない。
頻繁には会ってるし、順調……だと思う。
グリーンといるのはすごく楽しいし。
スマホでメッセージのやりとりと資料棟の裏手での他愛のないおしゃべり。レポートはどっちも片づけ終わってるから、勉強を頑張る必要もなくて。だから、グリーンの部屋にお邪魔する理由も見当たらず。意識しまくっている僕はご自宅訪問させてくださいなんて言えなくて。そのまま、のまま。
来週から僕らは夏休みだ。
プール行きたいねって話はしてる。少し遠いんだけど、すっごい大きな流れるプールがあって、すっごい恐ろしいほどまがまがしく、ウネリまくってるウオータースライダーがあって、夏限定でアジアンフードフェスティバルもやっいて、運がいいとフラダンスのショーも見られるんだって。楽しそうだねって、二人で行きたい、行こうってなったんだ。週末はお仕事している社会人の方々や家族連れで激混みになるだろうから、少しでも混雑を避けられないかと
平日に、それからお盆の時期も避けて、行きたいねって話してた。
あと、海も。
海に一泊とか。そう思った瞬間、二人っきり、宿泊、その二つの単語で、僕は夜のことを考えちゃってさ。けど、グリーンは日帰りでも充分夜までには帰ってこれそうだねって、電車の乗り継ぎを調べてたから、僕は頷いた。
そうだねって。
グリーンはまだ大丈夫なのかもって。
まだ、このままで。
「……あ」
グリーンからだ。
来週から夏休みだね、だそうです。コンビニでプールの入場券買っとくよ、だって。前売り券のほうが百円お得って、同じ学科の人が教えてくれたらしい。それから来週の僕のバイトのシフトとかあるけど、会える日があるならまた本屋とか行きたいって。映画も。
デート。
「BLかぁ」
欲しいのがあるし、新しく何か良さそうなのないかなって。
僕も欲しい作家さんのある。ちょっと前に出たやつで、すっごい人気で、すぐに再版決定してた。だから僕も電子じゃなくて紙で欲しいなぁって思ってた。
けど。
「BLねぇ……」
さくさく進められたらいいのに。
漫画みたいなさくさくっと速い展開。
受けになることにこんなに躊躇することもなくて。身構えることもなくて。ナチュラルでお尻もやんわりで。するするっと受け入れられたらいいのに。
でもやっぱりまだ頑なで。
僕もやっぱりまだビビってて。
魔法みたいにさ。
ちちんぷいぷいで、僕があの建築家の三年生みたいにBL漫画のキャラクターみたいになれたいいのになぁって思った。普通の男子じゃなくてBL漫画の受けみたいになれたらいいのに。そしたら――。
――バイト、月曜日休みだよ。
――じゃあ、その日、駅でまたあのカフェに行こう。
「……」
――うん。
そしたら――。
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