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第47話 お水も肥料も適量です。

 あ……そうだ。  って、思った。  イヤイヤ、でもでも、って思いつつ。  けど、こんなことを相談するのってまず気まずいじゃん。話しかけやすい人じゃないと絶対に話せないじゃん。そして何より、冷やかしたりしない誠実で真面目で、かといって真四角正方形みたいな真面目とは違う、ふわふわ丸い感じの真面目な人、じゃないとって。  上手に考えをまとめられてないけど、つまりはそんな人が、一人だけいた。 「あと、休憩まで三十分かぁ」  ここに、いた。 「富永君はあと十五分だね。今日は忙しい感じがしたけど最初だけだったね。なぞだよねぇ。なんであんなにものすごく混む時間帯と、ガラッガラな時間帯があるんだろ」  それは僕も謎って思います。  ぽっかりと穴が開いたようにだーれも来ない時間帯がある。と、思ってのんびりしてると、ここ、皆様の待ち合わせ場所にでもなっているのでしょうかってくらい、ワラワラと人がやって来たりして。 「不思議だよね」  うん。不思議なくらい、男子のゴリゴリ感がなくて、中性的とまではいかなくても、物腰が絹豆腐ですかってくらいに柔らかい、坂部さん。  彼は、その、僕らと同じで。 「富永君?」 「!」  その同性を好きになる、んだそうで。 「どうかした?」 「!」  いや、見た目では判断つかないけど、でも、僕個人で思うBL的法則で言えば、受け……かなぁと。だって、こんな絹ごし豆腐な物腰で、その攻めっていうのも、あ、いや、それはそれでありかな、ちょっとそんな新作を見つけたら、とりあえず電子で覗いて、じゃなくてじゃなくて、BLの新ジャンル開発はとりあえず後回しで。今は僕の。 「あの、えっと、その……」 「もしかして、グリーン君?」 「!」  それだけで顔面から「ボン!」って音がしそうなくらいに発火した……気がした。  コンビニバイトの休憩は基本交代でするから、坂部さんと二人っきりになる機会なんてない。品出しで裏手にある商品棚に行く時は必ず一人はレジにいないといけない。外掃除にしても、店内掃除にしても一人でやらないとだし。でも、内容があれだから、その相談相手が限られてて、今しかチャンスが。 「あ、え……」 「なんとなぁくそうかなぁって。言い出しにくそうにしてたから」  きゅって口を結んだ。 「その、えっと、なんというか進めていくのをどうしたらいいのか……その」  キスより先の、ことを、初心者すぎてわからない。 「僕、苦手なんです。なんか、恋愛って、緊張するし」 「緊張かぁ。でも、グリーン君といる時って緊張しなそうなのに。ほら、たくさん俺に話してくれたでしょ? それを聞いてると、そんな緊張してそうな感じしなかったよ?」 「そう……なんですけど」  もう一度、唇をキュッと結んで、今度は手もキュッと握って。 「恋愛してる自分が変っていうか、その、いつも自分じゃないみたいに思えて。それが嫌で……」 「そうだねぇ……」  顔が真っ赤になるのも、ドキドキするのも当事者になっちゃうと、すごく慌ててしまう。ちょっとちょっとって、待ったをかけたくなってしまう。 「グリーン君といる時もそう?」 「……いえ、それは」 「違うんだ」  コクンと頷いた。  そしたら坂部さんが「よかった」って小さく呟いて、手元にあったコイントレーを定位置に直しながら小さく笑った。 「でも、なんていうか、こっから先に進むのにちょっと怖気付くっていうか」 「そうだねぇ。まぁ、そうかも」 「俺のは、そのきっかけ? みたいなのはちっとも参考にならないんだけどさ」 「……」 「俺、留年してるでしょ?」 「あ……」 「その時、歳上の人と関係があってさ、のめり込んじゃって、もうその人のことしか考えられなくて、後先完全無視。目に入らなくなっちゃったんだ」 「……」  小さく、また笑って。  留年したのは知ってる。でもその理由までなんてただバイト仲間ってだけじゃ、人見知りの僕には訊けるわけがない。 「だから、これはダメな例ね」 「……」 「ね、植物って育てたことある?」 「え?」 「学校とかでもやったでしょ? トマトとかひまわりとか」  やったこと、あるけど。 「知ってる? 水、あげすぎると根っこが腐っちゃうし、肥料をたくさんあげると葉っぱが焼けちゃうんだよ」  なんとなくなんでもたくさんたっくさんあげたら早く育つ気がするのに。 「毎日、ちゃんと見て、あ、土乾いてきたお水をあげよう。花が咲いた、じゃあ、肥料をこれだけあげよう。そうしてちゃんとするとちゃんと育つ」  なんでもたくさんいっぱい、じゃない。 「ゆっくりがいいと思うよ。ゆっくりさ。それぞれのペースがあるから」 「……」 「あ、そうそう、今、俺、彼氏いるんだけど」  ヒョエ! すごいふんわりとさりげなくだけどすごいことを聞いてしまった気が。 「今の彼氏と付き合ってて、俺が言えるのはね」  今度は。坂部さんが優しく、柔らかく笑った。 「手を繋ぐのも、キスをするのも、セックスも一緒」  全然、違う気がするのに。 「したいなぁって、なるよ」 「……」 「自然に、そうなるんだよ」  全然、その三つは違うことのように思えたのに。  そう話してくれる坂部さんがいつもよりもキラキラしている気がして、その笑顔で納得できた。  そっかぁって、思えた。 「ただいまぁ」  バイトが終わったのは夜の八時。そのまま階段をあがって、着替えを持ってお風呂入って、ご飯食べて……十時、かな。明日はグリーンとカフェでお昼ご飯だけど、その後ってどっか行くかな。 「……」  デート、だもんね。  そしたら。 「根っこ」  ただ水を毎日変えて、日の当たる場所に置いてただけ。 「すごい……」  でも、あの日、グリーンからもらった葉っぱは根っこを伸ばして、元気に小さな葉っぱの赤ちゃんをその先っちょにたくさん芽吹かせていた。

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