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第48話 それは自然に

 待ち合わせはお昼よりちょっとだけ早い時間。大学最寄りの駅に十一時。服装は新しいのは買わずに、この前みたいに新品で全身コーデは、ちょっとコンビニバイトの大学生にはお財布的に痛いので。まぁこれが薄い本だと金銭感覚狂っちゃって、ぱたぱたぁと紙のお金が舞ってしまうわけだけど。でも服には渋ります。ダサすぎなければ、いっかなって。今日だって外ご飯なのでね。ランチといえど、外食じゃお金かかるので。  リュックを背負いなおして。  白のスニーカーの爪先をトントンって二回して。 「そ、それじゃあ、僕、出かけてくるから」 「あら、そうだっけ。行ってらっしゃい。あ、そうそう」 「?」 「悪いんだけど――」  そして、玄関を出た。  出かける直前、お母さんに引き留められて何かと思った。  僕、受け答えぎこちなくなってなかったかな。「ふーん、わかった」っていつもみたいに言えたかな。  ぎこちなく、そわそわしちゃってなかったかな。  大学生になって初めての夏休み、そんで、その夏休み一番目の、最初のお出かけ。って言うかデート。  目的地はカフェ。  けど、親には帰りは何時になるかわからないから夕飯は用意しなくて大丈夫ですって、言おうと思ってた。  遅いかもしれない。  わからないけど。 「……」  本当にカフェでご飯食べておしゃべりして、それで帰るかもしれないし。その後、この前みたいに本屋さんに行くかもしれないし。映画っていう場合もありえる。今だったらどの映画がいいかなぁ。夏休みってことでけっこうおもしろそうなの上映してた気がする。  それか、もしかしたら、夜――。  ――あ、そうそう。  ――?  ――悪いんだけど。  デートに出掛ける直前呼び止められた。  夕飯自分でしてもらえる? って。デリバリーでも、食べに行くでも、作ってくれたら家計的には嬉しいけど。お母さんとお父さん、泊りでお父さんの実家行ってくるから。お金は置いておきます。おつりは返してください、だって。  ――そんなわけだからよろしくね。  僕のおばあちゃんのお姉ちゃんのお母さん……ってちょっと僕には遠いんだけど、百歳になるそのおばあちゃんが入院しちゃったんだって。それのお見舞い。お誕生日が近いから顔も見せてあげようってことになって、急遽。二人はお父さんの実家のある僕も夏休みでどうせぐーたらしてるんでしょうからって。自分のことは自分でやってみてくださいと。  つまり、うち、今夜、親いなくて。  けどいないってだけ。  だから? ってなるかもしれない。グリーンに話しても。  でもでも。  なんて、そんなことを考えながら歩いていたら、駅にあっという間に到着してた。  地元の最寄り駅から電車でちょっと。降りても、毎日通っていた大学の駅だから、とくに何か特別な感じはしない。むしろ普段みたいに大学に行こうとしてるみたい。  けど、テンションはちょっと違うから不思議な感じ。  普段ならここでバス停に向かうんだ。今日はバス乗らなくてここで。 「……」  やっぱり目立つなぁ。金髪だからってだけじゃなくて。  ほら、今、通り過ぎた人、きっと何かの撮影だと思ったんだよ。周りをキョロキョロしてカメラを探してるもん。  ないですよ。カメラ。撮影じゃありません。そこにいるのはただの大学生です。 「!」  その大学生がどこにでもいそうな僕を見つけた。  よく見つけられるなぁと思う。自分で言うのもなんだけど僕目立たないから。学芸会で「木」の役だけは自信を持ってできるよ。  目立たない自信ならあるんだ。  全身真っ赤っかファッションでも、全身アニマル柄でもなくて、黒いパンツに大きいサイズのTシャツ、色は白。超フツー。なのにすぐに見つかっちゃった。 「青葉!」  グリーンは僕を見つけるとそのながーい足で颯爽と駆け寄った。  あ、また別の子がグリーンのこと見てるよ。 「青葉!」 「うん……早かったね。待った?」 「いや」  僕を見て嬉しそうに顔を皺クチャにして笑ったグリーンに、ほら、また見惚れてる。 「俺が勝手に早く来すぎただけだよ」 「自転車?」 「いや、バス」 「でも、汗」  まるで自転車漕いできたみたいに汗かいてた。だから僕は鞄に入れていたハンドタオルを差し出したんだ。  でもグリーンは照れくさそうにはにかんで笑って、金色の髪をかき上げる。 「待ち合わせの時間決めたのに、早く会いたくて」 「……」 「すごく早くに着いちゃったんだよ」  どのくらい待ってたんだろ。  きっとたくさんの人がグリーンのこと見てたはずなのに。僕のことを待って。ずっとここに。 「いいよ。タオル、使って」 「いや、でも」 「ううん」  手を伸ばして、今グリーン暑そうにかき上げた額のところを拭った。 「使って、いいよ」 「……」  僕に会いたいって思ってここで待っていてくれた間。 「カフェ、入ろ」  僕はずっとグリーンのことを考えてたんだ。 「う、ん」  あらためてそう考えたら、なんだかすごく。  すごく。  ――手を繋ぐのとか、キスをするのと。 「アイス食べよう。今食べたらきっともっのすごく美味しいから」  すごく、グリーンのことが好きって思った。

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