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第50話 「ワッツ」は何
グリーンは電車の中で無口だった。
電車が揺れて、その拍子に支えてくれたんだけど、手、指が冷たかった。
――大丈夫?
そう訊いてくれて、僕はコクンと頷くと、その冷たい手がそっと離れた。
夏なのに。けっこう暑くて、ブラブラと歩いていたから暑いはずなのに手はひんやりしてた。綺麗な横顔に青い瞳、その瞳がずっと窓の外を流れる景色を追っているのをしばらく見つめて。
僕、ガン見しすぎだから。
そう気がついて俯いた。
絶対に視線感じていたはずなのに、普段のグリーンだったら「どうかした?」って笑ってこっちを見るのに、何も言わずに、ずっと。
ずっと、窓の外しか見ようとしなかった。
カタンカタンって、電車が走る音に合わせて、グリーンの心臓の音も聞こえてきそうな気がした。
うちは駅から少しだけ歩くんだ。
駅前のロータリにはコンビニとそれから交番、あと銀行がちょっと離れたところにある。ファミレスがあって。その隣に薬局が並んでる。
「……ぁ……青葉」
「?」
こっちだよって歩いてたら、呼び止められた。
「……」
振り返ると、グリーンが口を開けて、そして、その口をキュッと結んだ。
「ごめん……買いたいものが」
「あ、うん、飲み物とかならあるよ? あ、ご飯、どうしようか、デリバリーとか頼んでもいいって言ってたから、そうする? ピザ好き? そしたらピザ頼もう」
「そうじゃなくて。すぐに買ってくるから。青葉はここにいて」
「? あ、うん」
了解です、って、駐車場で待ってた。すぐに買ってくるって言ってたけど、全然帰ってこないなぁ、どうしたのかな。もしかして買いたいものがどこにあるのかわからなくて困ってる? って、僕も店内に入ろうとしたんだ。そしたらそこでグリーンが出てきた。
「大丈夫だった? 買えた?」
「あぁ、うん」
でも、少し困った顔してた。
やっぱりちょっと困るよね。僕もあるある。初めてのとこ行くと、買いたいものどこにあるのか全然わからなくて、「えぇ?」ってなる。けど、人見知りだから、店員さんには聞けなくて、ぐるぐるぐるぐる、何度も回ってむしろ不審者みたいに思われたりとか。
「じゃあ、行こ」
「あぁ」
そして僕らはまた、うちへ向かって、少しぎこちなく歩きながら、多分、隣を歩くお互いをずっと意識してた。
「どうぞ」
「オジャマシマス」
「部屋上がってて、もうわかるよね。お茶持ってく」
グリーンがうちに来たのは二回目。この前、花火大会で浴衣を着た時に来てるから。
「あっつ……すぐにエアコン効くかなぁ」
なんか話してないとソワソワしちゃってさ。
「汗すご……僕、シャワー浴びてきちゃおう……もう汗べっとべと、あはは」
「青葉」
「は、はい」
手を掴まれると、心臓も掴まれちゃったのかと思うくらいに、どくどくどくどくって胸のところで暴れてる。
「青葉」
「は、い……ン」
手を引かれて、首を傾げて僕の背に合わせてくれたグリーンと、唇が触れた。
「ン……ぁ……ン、く」
「青葉」
「ン」
舌が入ってきて、その感触にドキドキがものすごくて、手をギュッて拳にしながら、ただ答えるだけで精一杯だった。舌が絡まるような、濃いのならしてるのに……今日は、なんか。
「あ、はぁっ、あ、あのっ、グリーン」
「ごめん」
「あ、……ン、首、くすぐったい」
「青葉」
「んんっ」
自分の部屋に自分のじゃないみたいな甘い声。こんな声、恥ずかしくて、頭から火出てそう。本当に熱くて、ほら、自分の頬のとこ手の甲で触ったら、熱くて熱くて、大変なことになってる。
も、燃えてない? これ。
「青葉」
「あっ……あの、シャワーを」
「逃したくない」
「あっ……汗、んんんっ」
首筋にキスをされると、ゾクゾクってした。
冷たい手が僕の服の中に入ってきて、汗で湿った肌を撫でられると飛び上がるくらいに恥ずかしい。
「あっ……ン」
でも、グリーンがすごくカッコ良くて、なのに余裕なさそうに僕に触れるのがなんか嬉しくて。
「溶けちゃいそ」
「青葉」
「あ、あ、あっ」
こんな顔のグリーン、もっと見たいかもって。
「あ、グリ……」
「青葉」
「んんんっ」
ぎゅううってしがみついた。
首筋にキスされながら、薄っぺらいだろう身体を撫でられて、もう片方の手が。
「あっ……」
ど、しよ。
「グリーン」
触って欲しいって。
「あ、あ、あ、あ」
思っちゃった。
「あ、グリーン」
「っ、青葉」
触りたいって。
「っ、青葉」
「すご……わっ」
思ったんだ。
「グリーンの……って、す、すご……ごめん。なんか」
「青葉」
「はい、ン……ン、むっ……んんっ」
触りっこなんてしたことない。こんなに気持ちい、なんて。ゾクゾクする。部屋の中なのに座りもしないで、僕は壁に寄りかかりながら、グリーンは僕を壁と腕で閉じ込めながら。
二人で、二人を。
「ン、ふ、はっ……あ、グリ……ン、あっ」
「っ」
「グリーン、これ、無理、も、僕っ、あっ、僕っ」
「っ」
そこで、二人でイッちゃった。
「あっ……はや……ン、あっ」
グリーン、すごいセクシーだ。初めて、同性に対して色っぽいなぁって思った。こんな人が僕の彼氏なんだぁなんて、ちょっと、ぼーっとしながら考えて。
「青葉、平気だった?」
「ン……」
おでこのキス、気持ちぃ。
「グリーン、は?」
「最高。とにかく嬉しい」
あ、僕も、嬉しいし、すごく、そう思うけど、でも、これで最高ならここから先どうなっちゃうんだろうって。
「青葉」
「ン」
「好きだ」
僕も。
「ン」
グリーンは半裸になっちゃった僕を抱きしめて、腰を引き寄せながら、首を傾げてキスをくれた。啄まれて、舌が入ってきて、絡まって。
「ン……ン」
気持ちいいから、その首にしがみつくと、グリーンが腰を引き寄せていた手を離して、僕のしがみつく腕にそっと手を添えた。
「ごめん。また、そうされると勃つ、から」
「?」
「少し」
「なんで? 続き」
「あ……いや、その、さっき薬局で、ゴムは買えたんだけど、ローションは売ってなくて、だから、今夜は」
「あ、僕持ってるよ」
「また次の時に、俺は我慢できるから、青葉のことが何より大事だから。ローションなしでしようなんて思って…………え?」
「? ローション」
「…………ワッツ?」
? 何? ワッツ? って、何?
「グリーン?」
「ごめん。青葉」
「ン」
「今の、すごく、キタ」
そう言われて、ワッツって何? って訊くのを忘れてしまうくらい、激しいキスにもっとしっかりグリーンにしがみついて、小さな声で名前を呼びながら引き寄せた。
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