映画、観られなかったから。 　この前は、映画よりも、僕はグリーンに伝えたいことがあってさ。なので、観なかったから、改めて。 「うわー、超イケメン！　見た？　あれ、もしかして、ジョナサンじゃない？」 　え、ジョナサンって誰ですか？ 「似てた！」 　似てるんですか？　ジョナサン……ジョナ、サン。え？　全然違うもの出てきたけど。スマホで検索したら。あ、じゃあ、画像とかで見たら……ぅ、うーん……レストランのメニュー出てきたけど。 「え？　雑誌の撮影か何か？　あ、映画出てるのかな。なんかこの前、映画の撮影がって言ってた気がする」 　え？　そのジョナサンさんが？　映画出たの？　モデル？　俳優？　ハリウッド？ 　って、えぇ？　調べたら、なんか全然違う人出たけど？　顔立ち違うけど？　いや、この方もハンサムなジョナサンさんですけれども、えぇ？　どういうこと？　えぇぇ？ 　ジョナサンさん、誰？ 「青葉？」 　グリーンが僕のジンジャーエールと、グリーンは……何を頼んだんだろ。ドリンクを持ってきてくれた。 「あ、ううん」 　視界の端っこで、ジョナサンさんだと思っている女子二人の視線を気にしつつ、買ってきてくれたジンジャーエールを受け取ると、グリーンがにっこりと微笑んで僕の隣のシートに座った。 　映画が始まるまではあとちょっと。開場待ちの間にグリーンがドリンクを買ってきてくれたんだ。僕はシートに座って荷物の見守り番。 　今回はこの前みたいに時間を持て余すことのないようにって、映画の上映時間を調べて、それに合わせてきたんだ。だからばっちり。 「なんだ、何か呟いたのかと思った」 「？」 　ズボンのポケットからスマホを取り出したグリーンが片手でジュースを飲みながら、もう片方の手でスマホを……それを見つめちゃう、僕と、あそこのジョナサンさんのファンの女子二人。でも、さっきここに来る途中も赤ちゃん連れのママさんとか、マダムとか、なんか若い男子にも、グリーンはめっちゃ見られてたけど。 「映画デートです。とか。そしたら、スタンプ押そうと思った」 　そう、映画デートだからって、すっごいかっこいい格好してくるから。僕も駅で待ち合わせた瞬間「ひぇ」って声出ちゃったもん。こういう人、日曜とかのバラエティ番組のデートシチュでお買い物コーナー！　とかで見かけたことあるって思ったもん。 　ドキドキして、口ぱくぱくしてたら、グリーンがはにかんで笑った。 　初映画デートに気合いを入れすぎたかもって。 　初なんだってことにびっくりしたんだ。 　だって、なんとなく外国じゃ、映画ってなんか王道娯楽って感じじゃん。週末は映画を観に行くものだぜ、ベイベーって感じなのかと思ってたから。そう言ったらグリーンが笑って都会だったらそうなのかもねって、教えてくれた。グリーンが住んでたのはアメリカの内陸のところで、すっごい田舎だったから何にもないんだって。ＮＹ、ラスベガス、ロサンゼルスにワシントン、そんなところを想像しているとしたらあまりに違うからきっと驚くと思うって。そのくらいものすごく田舎。だから映画は基本ネットで観てたって。 「ＳＮＳじゃなくて、ジョナサン探してた」 「ジョナ……外国人？」 「っぷは、そこでそんな険しい顔する？」 　だって、ってグリーンがぼやいて金色の髪をかき上げた。 「ライバルかと」 「そんなわけないじゃん。最近映画を撮り終えて、イケメンで、雑誌にも出てる人気者を探してた」 「？」 　訳がわからないと首を傾げるグリーンにまた笑ったところで、僕らが見たかった映画が上映されるシアターが開場になった。 「行こ。グリーン」 「あぁ」 「よかった。スクリーン大きいとこだった」 「わぉ」 「テレビとかパソコンと全然違うよ、きっと」 「あぁ」 　ジョナサンさんはどんな人なのかわからなかったけど。でも、彼はグリーンっていう名前の大学一年生のイケメンです。 　雑誌の撮影はしていません。 　映画にも出てません。 　あ、もちろん、レストランのメニューでもありません。 　グリーンは僕の。 「しかも、隣には青葉がいるんだ」 「……ぇ、あ」 「もう最高すぎる」 　僕の彼氏、です。 　この今、すっごいキラキラって効果音が飛び散った気がするような笑顔を向けるこの人が、僕の彼氏ですって。 　そんな自己主張をささやかながらしたかったんだ。だから背中がちょっとくすぐったくさえ感じるような視線の中でも構わずグリーンの手を取って、繋いだ。だって、僕にとって映画デートって初めてだし。なんか彼氏がめちゃくちゃ人気者だし。僕もテンション高いし。けど。 「！　グ、グリ」 　繋いだ手を引っ張ってよろけた、と思ったところで、グリーンが身体で僕を受け止めて、ぶつかったような、キスのような、でもただの体当たりのような、でもでも抱き締めてるみたいにも見えるような。 「「きゃあああ」」 　小さく悲鳴が聞こえた。悲しい悲鳴じゃなくて、黄色な感じの。きゃあああ、なに、それ、ラブ！　って感じの。 「あは」 　よろけてぶつかって、よろけさせて、抱き止めて、おでこに唇で触れるグリーンと、慌てて真っ赤になる僕の背中に向けて。スキャンダルな僕らのワンシーンに歓声にも似た悲鳴がわずかに聞こえた。