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第58話 『正しい過激セックスの仕方』
『俺、ずっとお前とこうなりたかった』
『そんな……こと、急に言われて、も……て、照れるだろ!』
『照れてるお前、すっげぇ可愛い』
『か、可愛いとか……言うなっ』
『可愛いよ』
『あ、やだ……』
『すげぇ、可愛い』
『あぁん、そんなことっ、は、あぁっ……はぁん、はぁん』
「…………はぁぁぁぁ」
えろ…………す。
これから、ついにベッドイン! っていうところで、自分のベッドに顔を埋めて足をバタバタさせた。
この作家さん、今まであんまり濃いえち描かなかったのは商業だったからなのかぁ。なんか、同人誌だと、えろす全開バリバリなんだね。知らなかった。十八歳、大学生になって新発見です。
「……」
ちらりと次のページをめくって、ページからハートマークがいっぱいこっちにまで飛び出して来そうなほどのえちシーンにほっぺたが勝手に赤くなる。
受け、すごい悶えてます。
攻め、そんな受けを羽交い絞めにしてぱくりです。
食べるんじゃなくて、いや、食べてるけど、頭からもぐもぐじゃなくて、そのえっと、あちらを……ぱくって。
「ふぇ……」
思わずぽろりと独り言で口走りそうになって、慌てて口をぎゅっと結んだ。誰も部屋にはいないけどもさ。
「……」
僕らは、まだこういうのしたことなくて。
口で、とか。なんていうの? その、技? 技じゃないか、あ、前戯? そうそう、そういうの。
不満なんてありません! 全然ないです!
キスするだけですごく嬉しいし、一緒に映画観ておしゃべりしてるのだってすっごく楽しい。そもそもえっちをしなくても……それはちょっと言いすぎだけど。
でも、ふぇ……ラ、とかそれ以外のあれこれなんてしなくたってもすごく気持ち良いし。全然、初心者の僕なんて、キスしてその、そ、そそそ挿入からの……っていうだけでも、いっぱいいっぱいなんだけどさ。でも。
「……」
したいじゃん。
グリーンだってきっとしたかったりしないのかなって。我慢、してない、かなって。
だって、だってだって。
――青葉。
いつもすごく欲しそうにしてる。
喉がカラカラに乾いちゃったみたいに。
そんで。
「っ」
僕ももっと、本当は欲しくて。
けどさ、言えないじゃん。そんなの言うのって恥ずかしいし、どう言えばいいのかわからないし。僕からさ、この漫画の美麗誘い受けみたいなことできればいいけど。きっと、似合わないって思うから。
「はーあぁ」
一つ大きな溜め息を吐いて、案外エロスだった先生の同人誌をパタリと閉じた。
神様にはモブキャラな僕の悩みなんて、ちょちょいのちょいでお見通しとかなんでしょうか。
「……」
雑誌って作るのに時間かかるよね? 企画練って、取材して、原稿書いて、写真も撮って、デザイナーさんに……事細かくリアルに考え出したらすごい工程を経て雑誌ができあがるわけで。えぇ? トートバックのおまけ付かないんなら買わない、なんて言ってはいけないって思うくらい、すごく大変なはずなのに。
どうしてこう僕の悩みをずばんと言い当てるような特集を雑誌さんは作ってくれるのでしょう――。
『正しい過激セックスの仕方』
なんて。
愛あるセックスには最高のスパイスを、だって。
マンネリな夜を変えて、刺激的な一夜を、だって。
「……」
気になる。気になりすぎる。
女性は受け身の時代は終わった、ンだそうです。いや、僕、男子だけど、けど受け身側なので。
えぇ、休憩時間に読んじゃおうかな。別にルール違反じゃないから読もうと思えば読めるんだ。今まで興味を持てそうなのがなかったから読まなかっただけで。
あとちょっとで休憩だ――。
「んぎゃああああ!」
「わ」
休憩時間までどのくらいだろうと時計のほうへ振り替えったら、すぐそこに坂部さんがいて、店内で生まれたての赤ちゃんみたいな声をあげてしまった。
そしてその産声みたいな声に坂部さんが小さく驚いて笑った。
「いや、ごめん。すごい顔してたから大きな蛾でも窓ガラスに張り付いてるのかと」
いや、そういう場合もありますけど。この時期だととくに、もっのすっごいラスボスみたいな蛾がコンビニの窓の張り付いてること。
「どうかしたの?」
「あ……えっと」
「……」
言ったら相談乗ってくれるかな。そのステップアップっていうか。けど、この前こういうこと相談したばっかだし。なんかまたこんなこと相談したら、そんなことばっかり考えてるみたいに思われるかも、だし。
「あの……」
上手な誘い方というか、もっとグリーンと色々するには、とか。
「あのっ」
「すみませーん」
言ってみようかと顔を上げた瞬間、レジのほうから声がした。二人だけだから、今、レジ、からっぽだ。
「は、はい」
さすがにバイト先のコンビニでこんなの相談しない、でしょ。優しいし親切だからって、同じ男同士の恋愛してるからって何でもかんでも相談されたらさ。
坂部さんだって困るじゃん。
「すみません。お待たせしました」
別にすっごい不満ってわけじゃないんだし、さ。
そのうち、でいいでしょ。
「お疲れ様です」
「お疲れ様……」
坂部さんがにこりと笑って、レジの前を通り過ぎた。坂部さんと交代で入った人は今、今、お客さんがいないからと外掃除をしてくれていた。僕はあと一時間ある。
「富永君、これ」
「え?」
「レジャープールのチケット」
「え?」
「安く手に入ったんだけど、彼氏こういうとこ苦手だから、俺もさすがにここはひとりで行けないし」
レジカウンターに置かれたのは二枚のプールチケット。
「え、けど」
「グリーン君と行ってきなよ。きっといつもと違うところに行くと少しくらいは大胆になれるかもよ?」
あ……さっきの。
――正しい過激セックスの仕方。
あれを。
「それじゃあ、お疲れ様」
坂部さんはそう言って微笑むと細い指先をひらひらとさせてお店をあとにした。
こんなチケット……いい、のかな。
「すみませーん、ポテト」
「あ、はい!」
いいのかな。でも、でもでも、すごく、行きたくて、お客さんに見つからないように、急いでチケットをポケットにしまい込んだ。
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