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第59話 ぴょこん

 レジャープールのチケットもらっちゃった。行かないからって言われたけど。めっちゃ、嬉しいんだけど。それにここ、この夏休みに行きたいねって話してたところだったし。  ――いつもと違うところに行くと少しくらいは大胆になれるかもよ?  って、坂部さん、言ってた……し。  バイトからの帰り道、家に帰ってからメッセージすればいいんだけど、でも、早く伝えたいっていうかさ。  歩道の端っこに立ち止まって、スマホでメッセージを送った。  ――グリーン、明後日って空いてる?  すぐに返事は来ないかな。僕といる時スマホちっとも見ないから、多分、そんなにスマホ気にしないタイプなんだと思うんだ。たまに服の中に入れっぱなしの時もあるくらいだし。だから今ももしかしたら気がつかないかもしれないよね。 「あ」  けどすぐに返信が来た。  ――お疲れ様。空いてるよ。むしろ、全部空いてるくらい。  えぇ? そんなわけないじゃん。グリーンって日本文化科で引っ張りだこじゃん。女子だけじゃなくて男子からも人気じゃん。夏休みに遊びの誘いなんてたくさんありそうだもん。バーベキューとかさ、海も山もプールも。  ――あのね。バイト先の坂部さんがね、プールのチケットくれたんだ。  でも、普段スマホを気にしないグリーンが僕からのメッセージにはすぐ返信をくれたのも、その最初に「お疲れ様」って労いの言葉をくれたのも、僕がバイトなの覚えててくれたのも嬉しくて。  ―― 一緒に行かない?  薄暗い夜道をスマホしながら歩くと絶対に転ぶから、文字打って、送信しては少し歩いて、返信が返ってきたら、止まってまた文字打ちながら、送信したらまたちょっと歩いて。  ちょびちょび歩きながら。  笑っちゃう。  ――行く! 絶対に行く! 坂部さん、ありがとう! 「っぷは、めっちゃガッツポーズ」  つい、一人なのに笑っちゃった。  だってグリーンがまた面白いスタンプ押すんだもん。BL漫画で、僕らも好きなキャラクターが鼻の穴すごーく大きくしながら、天高く拳を突き上げて、ビューンって効果音付きで、飛んでってるんだもん。すっごいイケメンの攻めキャラなんだけど、ちょっとだけ天然入っててさ、受けのこと溺愛しすぎてて、たまぁに暴走しちゃうっていうか。その暴走ぶりが楽しい感じのお話。  ――じゃあ、明後日ね。  そんなグリーンに待ち合わせの時間を伝えると。  ほら。 「あはは」  また面白いスタンプが送られてきた。  今度は同じキャラクターが「待ちきれない!」って目をキラキラさせてるスタンプ。本当にイケメン設定なのに、この崩れっぷりが大胆で面白いんだよ。たまに読んでて吹き出して笑っちゃうくらいでさ。  夜道に歩道で、また止まってスマホして。暗いところでスマホいじってると、側から見たらちょっと怖いよね。暗いなか、下からぼわりと顔を照らす青白い光って。怪談話でもはじまりそうな感じで。しかもグリーンの送ってくれたスタンプのおかげで笑ってるし。  ふへへへって。  ――すごく楽しみだ。  でも、笑ってしまうのは仕方がない。  ――うん。めっちゃ楽しみ。  メッセージの都度送られてくる面白いスタンプがおかしくて。  ――それまでに青葉が見惚れるような筋肉つけとく。 「えぇ? そんなの二日で?」  それに、スマホの画面にポコンポコンって送られてくるグリーンからのメッセージの文字が踊ってるように見えるくらい、プールにはしゃいでくれてるのが嬉しくて。  僕もプールにグリーンと行けるのが嬉しくて。  顔が綻んで仕方がないんだ。  待ち合わせは大学の最寄り駅のところに朝八時半。大学に行くのより少し遅い時間。でも、会社とかはやってるから、サラリーマンの人たちは少し暑さに気だるそうな顔をしながら、足早に駅の中へと吸い込まれていく。  僕は、あと何年かしたらあんなふうにスーツ着て、歩いてるのかなぁって。なんか、想像つかないけど。でもあと三年すぎたら、僕もサラリーマンになるんだなぁって。その時、グリーンは日本文化に関わる仕事をしてるのかな、僕らはその時、どんな大人なのかな。  そんなことを考えながら、ポケットからスマホを取り出した。  ――あと少しで駅に着くよ。  あと少しだって。  水着にラッシュガード。ゴーグルは泳ぐなら持ってきたいところだけど、レジャープールにそれはちょっと気合い入りすぎかなって思って置いてきた。それからバスタオルに着替え一式。あとはさっき買ったペットボトルのジュース。  準備はばっちり。  ――今、駅のところの信号。  じゃあ、もうすぐだ。  そう思ったところで、グリーンを乗せたバスがやってきた。いつも僕が大学に行くのに使ってるバス。  それが焦ったいくらいの安全運転でグリーンを駅前まで運んでくれて。  次から次に順番に降りてくる、サラリーマンの人や、女の人、親子、そして。 「青葉!」 「!」  バスから現れたキラキラした人が僕に手を振って笑ってくれていた。  バスから降りてくる人の中で一番の笑顔で、一番元気に。 「ごめん。待たせた」 「ううん」  嬉しそうにバスを降りてこっちに駆けてくるグリーンに、僕もきっとこの駅に吸い込まれてく人たちの中、一番、嬉しそうな顔だったと思う。ぴょこんって跳ねちゃうくらいに、嬉しそうな顔を、してたと思う。

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