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第60話 君となら落ちていける
夏だ!
水着だ!
プールだぞ!
なんて言ってる場合じゃなかったよ。
そうだよ。そうだった。
水着じゃん。
女子も男子も水着じゃん。水着で、バカンスじゃん。
ちょっと夏でさ、身も心もちょっと浮かれちゃっててさ。そんな中、こーんなイケメンがナチュラル金髪で、ナチュラル青い瞳で、「ヘイ、エクスキューズミー」なんて言っちゃったら、女子卒倒じゃん。まだ今、更衣室内だから男子しかいなくて大丈夫だけど、ここから一歩、向こう側に出ちゃったら、もう女子がいっぱいじゃん。
腹筋割れてるしさ。
僕のことなんて簡単にその抱えられちゃうしさ。
って、なんで僕を簡単に抱えられちゃうのか知ってるのか、なんてことは置いといてさ。
もうこんなの更衣室から一歩だって外に出したら行けない気がするんですけど。絶対にナンパとかされそうなんですけど。
僕としては、ナンパはどうにかして阻止せねば。大学でも大人気なグリーンのことだから、そんなの慣れてるとは思うし、そんなことで鼻の下伸ばしちゃうなんてことはないってわかってるけど、でも――。
「ねぇ、グリーン、一応、T……」
「…………」
「シャツ……」
Tシャツ、一応着ていけば? Tシャツは服だから、プールに入るの禁止かもしれないけど、でも、プールサイドは大丈夫でしょ? 歩いてる間だけでもその、六つに割れた筋肉さんを隠しておいた方がいいんじゃないかなって。
「…………あの」
思ったんだけど。
「グリーン?」
Tシャツを差し出した僕の目の前に立ち、徐に、何も語らず、ジジジーッと、僕のラッシュガードの前チャックをグリーンが閉めた。
「あの」
「前、開けちゃダメだから」
「えぇ? なんっ」
「肌、見せちゃダメ」
「は、はぁ? 失礼だなぁ。もやしっこだからって」
「そうじゃなくて」
グリーン、ほっぺた赤い。
それが見えないように俯きながら、そっと僕の前ジッパーを閉めてから、むむむって口をへの字に曲げた。
「あの、誰も僕のことは見てないと思うんだけど」
見られるのはグリーンの方だし。そして心配してるのは僕の方で。逆だから。見られる心配なんて僕には一つもないから。
そもそも、僕の白い肌に誰が喜ぶんだ。
ひょろっこちい男子のハーパンラッシュガード姿なんて。
「とにかく、ダメ」
「まぁ、うん」
でも、前チャックは締めるよ。だって、どっちにしても日焼けしたら損するだけだからさ。子どもの頃から日差し無縁のインドア生活。そんな日々で培った肌は日焼けが大の苦手になっちゃって、日光に当たっても赤くなってヒリヒリして終わりっていう貧弱肌となった。おかげで、プールに行っても、海に行っても、痛いばっかりで全然日焼けすることなく、なんの修行なの? って痛みに耐えるだけになるから。
だからラッシュガードは必需品なんだけど。
「じゃあ、行こう」
「あ、うん」
あ。
「グリーン」
行こうって僕の手を引いてくれたグリーンの手は冷たくなかった。、むしろ熱くて。急いでプールの水に浸からないとって感じがする。
「たくさん遊ぼう」
「!」
グリーンの手がワクワクしてる。
「そうだね」
もちろん僕の手も。
だからぎゅっと握りながら、更衣室を飛び出した。
「とりあえず青葉」
「?」
「あれ行こう」
そして飛び出して、真っ先に指差した先には。
「…………ひぇ」
やっぱりグリーンはスパダリで、僕はモブなんだなぁと。
「ちょ、わっ、わわわ」
「ほら、青葉」
まずは準備運動ちょっとだけして、とりあえずは流れるプールで流されようと思ったんだ。ぷかぷかーって、のんびりと。ほら僕のアカウント「あおっぱ。」だし。葉っぱみたいに身を任せるのがちょうどいい感じしない? そのためのラッシュガードですし。なのに、あろうことかグリーンが目を輝かせたのは、水辺を葉っぱが流れるようにゆっくりんびり進むそこではなく。お祭りの時に見かけ流れるスーパーボール掬いのように、芋洗い状態で流れる人たちのいる流れるプールではなく。
その隣にある、どえらいやつで。
「俺、川のそばで育ったから」
「へ、へぇ?」
「ああいうの得意なんだ」
僕は山で育ったので。
「わぉ!」
わぁお……。
――きゃあああああ!
すごい断末魔だ。わぁお……。
グリーンが楽しそうに僕の手をぎゅっと、ぎゅううううっと握ったまま指差す先には。
それ……浮いちゃってません?
身体、あ、ほら、ちょっとふわってなった気がする。って尻込みしたくなるような、ものすごい急斜面のウオータースライダーが五本、レインボーカラーに並んでいた。五本もあるから、そりゃ、回転率も早いわけで、躊躇い尻込みしたくなる僕はどんどんどんどん進んでしまい。
「俺、青葉の青色で滑る」
「へ? え、じゃあ、僕はグリーンの緑?」
抵抗する間も無く。っていうか人がたくさん並んでる中、今更「やっぱやめます」っていうのも勇気がいるわけで。
流されるまま。
慌ただしくレールに足を置き。
プールのスタッフに促されるまま。
「ん、ぎゃあああああああああ」
滑り台へと身投げ、じゃなくて、滑り落ちて。
びっくりだよ。
わわわわって。
とにかくものすごい速さでさ。
ものすごい水飛沫で。あっという間にちょぼんって水に落っこちて。
「っぷ、はあああああ!」
何これ。
「グリーン!」
何これ何これ。
「すっごい楽しい!」
なんだこれ。
「もう一回!」
「OK」
だってあっという間だったから。なんか慌ててるうちに水の中に飛び込んじゃったから。だから。
「グリーン?」
「うん」
君とじゃなかったらきっとビビって滑らなかった。え〜? いいよ〜……僕は、って言って、流れるプールで浮かんでた。
君とだったから、君と手を繋いでたし、青い綺麗な瞳がキラッキラに楽しそうに輝いてたから。
「すっごい!」
そして僕らはまたずんずん進む。ずっとワクワクして熱いままの手をぎゅっと握り合って、次から次に滑り落ちてく人たちを眺めてながら、また並ぼうと小走りで先を急いだ。
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