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第61話 干物青葉

 ああいうウオータースライダー系のってあんまりやったことない。ジェットコースターとかちょっと怖気づいちゃうし、乗りたがる男子が友達にいなかったから、みんなが乗り気じゃないところをぐいぐい引っ張ってまで乗りたいとかでもなかったから、そのままずっと乗る機会はないままだった。  今日だってグリーンとだったからやってみたって感じ。  他の友達、男子とかと来ていたら、きっと横目でちらりと見るだけで終わってた。 「はぁ、のんびり気持ちいー」  きっとここ、この流れるプールでずっとぽかぽか浮いてる。こんなふうにでっかい浮き輪に寝っ転がって天日干しにされてると思う。 「青葉、王様みたいだ」 「ぷくく、僕が王様? これ、干物でしょ」 「干物?」 「食べたことない? お魚だよ。日に当てて乾かして食べるお魚」 「あぁ、それ、知ってる」  学食とかにないもんね。でも、干物自体は知ってたらしくて。アメリカでも食べられるのかな。 「じゃあ、青葉が魚?」 「そう天日干し」 「美味しそうな魚だ」  僕は仰向けで浮き輪の上に寝転がってた。輪っかの部分を枕と足置きにして。ぷかぷかって。グリーンはそんな僕の乗っかる浮き輪に手をかけて隣で流れに身を任せつつ浮いていて。 「青葉……」  僕の名前を呼ぶ時の声が低くて、ドキッとした。  そして、グリーンが干物な僕に手を伸ばして、もっと、心臓がどきりとして。  ポタポタとグリーンの指先から滴り落ちた水の雫が日差しで熱っぽくなった肌にはすごく冷たく感じられて、心臓が……。 「熱く、ない?」  さっきまでびしょ濡れだった髪に触れた。一瞬で渇いて、セットもなにもしていないふわふわの、少し癖のある僕の髪を撫でてから、一束だけその長い指に絡ませた。 「青葉のほっぺた、赤い」 「っ」  熱いから。  でもそれが日干しになってるせいなのか、それとも、グリーンの指先が僕に触れたせいなのか、わからない。わからないけど、なんだかとても。 「平気?」  平気、じゃないかも。 「とても……熱いけど……」  だって、その指にそっと、そーっと頬を撫でられてすごく、その……。  ――平気? 青葉。  思い出しちゃう。  ここはグリーンの部屋じゃないのに。親がいない時の僕の部屋じゃないのに。プールでたくさん人がいて、すぐ隣を楽しそうに泳いでる人だっているのに。  ――痛いところとか、ない?  いつも、そう言ってくれる。  終わった後、グリーンは毎回そう言って僕のおでこの汗を拭ってくれる。汗っかきなのかな。グリーンとすると僕はいっつも汗すごくて、髪も濡れちゃうくらいで。  それをグリーンは無理してるとか、激しくしすぎたかな、とか、心配してくれる。いつも髪に触れて、僕を見つめながら、その……。  ――ンっ。  そっと抜けていく時を思い出しちゃう。優しく、どこも痛くないようにってゆっくりと抜ける瞬間、あの時にどうしても、いっつも零れちゃう小さな声がすごく恥ずかしいんだけど、グリーンはその声を聞く度に、顔をくしゃってして笑うんだ。  僕はその顔が好きで。  僕の中から抜けてく時、まだ硬いままのグリーンのがその。  すごく……。 「青葉?」 「!」 「大丈夫? 熱中症かもしれない」 「あ、いや」  これは今、えっちなことをしてる最中のグリーンを思い出してドキドキしてただけです、なんて言えなくて、あわわしているうちに、僕を乗せた大きな浮き輪はグリーンの手によって引っ張られて、プールサイドに強制的に運ばれてしまった。それこそ打ち上げられた魚みたいに。 「少し水分をとって休んだ方がいい。青葉はそこにいて。ドリンク買ってくるから、とりあえず浮き輪を椅子代わりに座ってて」 「へ、ぁ……うん」  グリーンは僕をプールサイドの日陰に連れていき、そこに座らせると、フードコーナーのある方へと走って行ってしまった。本来走ったら厳禁、監視員さんに見つかったら「そこの子ー、走らないでねー」ってすごく叱られるんだぞ。なのに、もう。 「……」  慌てすぎだって。  心配症すぎるんだ。  確かにほっぺた熱いけど。  僕、男だってば。いや。男子でも熱中症にはなるけれども、でも日差しに弱弱な女子じゃないんだからさ、そんな大事に大事にしなくたって。なのにいつでも僕のことばっかりでさ。浮き輪だってそうだ。グリーンだってぷかぷか浮いてればいいのに、ずっとバタ足しててさ。もっとグリーンだって我儘していいのに。浮き輪だって、なんだって。  それこそ……もっと、したいなら。  ――青葉、抜くね。  僕だってもっとグリーンと。  ――青葉。 「!」  慌ててその場で立ち上がった。  バカバカバカ。チビ助。ここはプールなんだぞ。何を考えてるんださっきから。ずっとグリーンの裸とか見ながら。 「もおおお」  二つドリンクを持って、この夏真っ盛り超混雑しまくりな中を戻ってくるのなんて大変じゃん。またぼーっとしてるとほっぺたの体温がもっと上がっちゃいそうで、慌ててグリーンを追いかけた。  飲み物、僕も持つからって。大きな浮き輪を抱えて。フードコーナーには東南アジアフェアとかやっているらしく時間も時間だから人がすごかった。  でも、グリーンは目立つからすぐに見つかるんだ。ほら。 「グリ、」  ちょうど並ぼうとしているグリーンがいた。  けど。  そこに知らない女子が二人声をかけてて。  きっとナンパだ。  逆ナンっていう僕は一生涯遭遇することのないハプニング。  なんて声をかけられてるのかまではここからじゃちっとも聞こえないけれど、何か聞かれて、答えるグリーンが少し微笑んでるようにも見えて。少し胸のところが、チリチリって焦げて。 「ねぇ、君!」  焦げついた声でグリーンを呼び付けようとしたところだった。 「君、その浮き輪」  びっくりして、浮き輪を手から離しちゃった。咄嗟に声をかけられて。 「おっとっと」  そして「わーい」とでもいうように僕のところからコロコロと縦に転がってどこかに行ってしまいそうな浮き輪をその人が捕まえて。 「この浮き輪、ってどこで借りれるの?」  そう言って、少し大人な男性がにっこりと笑った。

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