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第62話 僕は君をナンパする
「いや……レンタルっぽかったから、どこに行けばいいのかなぁって」
あ。
浮き輪。
「それ、えっと入り口のところじゃない場所にもう一個レンタルのところがあって、そこで借りたんです」
「そっかぁ、ところで一人?」
「へ?」
一人でこのレジャープールに来るほどのガチ勢に僕って見える?
「それとも……さっきどっか見て睨んでたけど、も……うわ、え、あのイケメンが彼氏?」
「! あ、いえ、あの」
びっくりして、ボン! って脳みそが爆発したような気がした。だって、どうしてそう思ったんだろ。彼氏ってすぐにどうしてわかったんだろ。この人。
「すっごいイケメン。しかも、ナンパされてない?」
「!」
「でもあんなにイケメンが彼氏だとそんなのしょっちゅうでしょ。大変だよね。しかも優しそー」
確かにグリーンは優しくて。
「ああいう彼氏持つと色々大変でしょー。モテまくりじゃん」
そうなんだ。本当にモテてすごいから、本当に。っていうか、どうして彼氏だと思ったんだろ。その。僕も男なのに。
「こっちは浮き輪の番してつまらないのに、って感じじゃない? 損だよ」
「あ、いや、あの」
「っていうかこんなでっかい浮き輪持って歩くの大変でしょ。持ったげるよ。その代わりにちょっとだけ俺に付き合ってよ」
「へ?」
意味がわからないんですが。大きいけど、ものすごく軽いこれを持てない訳ないのに。持ってあげると勝手に言って、代わりにって言われて。
浮き輪のレンタルにってこと? 場所、わからないから? 案内役ってこと? そんなに、確かに入り口のところで借りた訳じゃないから、あんまり目立たない場所かもしれないけど、そこまでわかりにくくもないと思うんだけど。
「向こうは向こうで楽しくおしゃべりしてるじゃん? こっちはこっちでさ、ちょっと、さ」
「けど」
「大丈夫だって。ジュース飲む? 奢ってあげるから、それ飲み終わるまで、とかどう?」
「あ、いえ、あの、僕」
「すご、僕呼びキャラ?」
「は? あの」
「けど、俺、君みたいな子タイプなんだよね」
は、はい?
「ボーイッシュな子でさ、ハーパンにラッシュガードで上までガッチリフルガードって感じの子。俺、好きだよ?」
は、はぁぁ?
「ちょっ」
「ビキニでぶりぶりしてる子よりずっと色々と」
何その、色々って。色々ってなんですか。
耳元でふふふって笑われて、ぞぞぞって背中の毛が逆立つような感じ何して。
「あ、あの、僕っ」
もしかしてこの人、僕のこと男だと思って……ない、の?
「あのっ」
「まーまー、いーじゃん、彼氏に見せつけてさ」
「だから、そうじゃなくて」
それでさっきすぐに彼氏って思ったってこと? 僕のこと女子だと…………思って、る?
「夏だし、色々楽しもうよ」
楽しくない。今、この瞬間が、ものすごく楽しくないんですけれどもっ。
「ね? ジュース、」
ぎゅと浮き輪にしがみついていた。その手をその人が掴もうと手を伸ばして――。
「!」
けど、その手は僕に届かなかった。
「俺の、なんで」
金色の髪がひらりふわりと目の前で風になびいて。浮き輪を必死に掴んでいた僕を丸ごとその背中に隠してしまった。
「あー、なんだ。もう見つかっちゃった。けど、彼女、彼氏がナンパされててつまらなそうにしてたから」
「……」
「そんなに睨まないでよ。ただのナンパです。ごめんね。彼氏に怒られたら、俺、あっちのテント付きの有料休憩所にいるからおいでよ。遊ぼうよ」
睨まないでよ、って言うわりには、ちっともグリーンの視線を気にもせずににっこりと笑って、手をひらりと僕へだけ向けて振って。僕が飛び上がって身構える様子にまた笑いながら立ち去った。
あ、遊びません。
そう思いながら、人見知りのビビりなりに睨みつけつつ見送って。チラリとその有料休憩所を見ると、僕の一番嫌いなタイプの陽キャの皆さんが楽しそうにバーベキューをしていた。屋外で一日何千円って払えば貸切にできるところで、バーベキューでもなんでもできるってサイトにも書いてあったけど、もちろん僕ら大学生はそんなところは借りるわけもなくて。
「……青葉、座っててって言っただろ?」
だって。
「それに何今の? あんなのについて行って……青葉。明らかに下心あっただろ? あいつ」
だって。
「青葉に触ろうとしてた。もしも触ってたら、殴りかかってた」
それはダメです、レジャー施設で警察沙汰は。
でも、だって。
だって、グリーンこそナンパされてたじゃん。怖い顔せずに優しい顔でニコニコ話してたじゃん。それなのに僕が知らない男の人に浮き輪のレンタルショップを案内するのはダメなの?
「グリーンだってナンパされてた」
「俺がナンパされてたって……道訊かれたから答えてただけだよ」
それがナンパなんです。
僕も浮き輪のレンタルのところまでの道のりを訊かれただけです。
それにあの人、ちょっとアホだと思う。僕のこと女子だと思ってたっぽいしさ。水着姿見れば一目瞭然でわかることだし。別に、とって食われるわけじゃないんだし。
そもそもラッシュガードを上まで全部しっかりジップあげてって言ったの、グリーンじゃん。
「とりあえず、飲み物、またちょっとこぼしちゃたけど、水着だから平、気……」
「グリーン」
色々言いたいこととかあったけど、それは言えなかった。
それよりも言いたいことがあって、僕はグリーンの水着をちょんって掴んで引き止めた。
「……青葉?」
ドリンクの入ったカップを二つ片手で持てちゃう大きな手がかっこよかった。僕なら一個つずつじゃないと持てないのをグリーンの手は二ついっぺんに持てちゃうんだってドキドキしながら、僕とナンパ師の間に入ってくれた劇的ワンシーンに、すごくその。
ねぇ、さっきのナンパ師について行っちゃったりするわけない。あんなイエイエイエーイなノリに僕が混ざって一緒にイエイエイエーイなんてするわけないじゃん。でも、あの人が言ってたんだ。
「グリーンもさ」
「……」
僕なんかで、する、の?
そうだったりするのかなって思いながら、自分の前髪をくしゃっとしてから、口元をラッシュガードの裾で隠した。色っぽさなんて皆無って思ってたけど。
――ハーパンにラッシュガードで上までガッチリフルガードって感じの子。
「する?」
――俺、好きだよ?
「ムラムラ、とか」
――ビキニでぶりぶりしてる子よりずっと色々と。
そっと、大きな手、指をキュッと掴んだ。この指、好きだから。骨っぽくて、かっこいいし。それに――。
「する? 僕に」
この指にいつも僕は。
「するよ。いつだって青葉のこと、そういう目で見てる」
僕は気持ち良くしてもらうから。
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