63 / 98

第63話 帰り道

 ―― するよ。いつだって青葉のこと、そういう目で見てる。  グリーンの宝石みたいに綺麗な瞳が真っ直ぐ僕を見つめてた。そしてグリーンの長い指をぎゅっと握っていた僕の指に指を絡めてくれる。 「とりあえず、ジュース飲んで水分とって」  ムラムラ、するの? 「プール入ろう。まだ半日あるから」 「あ、うん」  僕に? ちゃんと? 「それから」 「?」 「俺のそばにいて。さっきのは失敗した」 「え?」 「ごめん」  グリーンが一つ溜め息をついて、髪をくしゃりとかき上げて、眉間にぎゅっとシワを寄せた。 「とにかくごめん」 「ぇ? あ、ううん、こっちこそ、ごめん。さっきの人、浮き輪探してるのかと思って、それで……でもごめん。あの、けど、向こうは女の子と間違えてたみたいなんだ。だから、水着でいればナンパっていうか、そもそも声かけられないし」  どこに目ついてんだよーって感じだよねって笑った。だって、僕男じゃん? って。けど、グリーンは笑わなくて。  代わりに繋いだ手がぎゅっと力を込めて。 「でも、着てて」  怖い顔、とも違う。なんというか、困ってる、顔? が一番近い、かな。 「青葉の肌、見せたくないんだ……」 「!」  僕の、肌? なんて、そんなのたいそうなものじゃ。 「ぅ、うん」 「とにかく日陰に行こう」  グリーンはそう言うと繋いだ手をそのままにして、ぐるりと周囲を見渡すて、日陰のあるスペースを探してくれた。  そこへ移動して、買ってきてもらったジュースを飲んで。僕はもうすっかり乾いたラッシュガードをしっかり上までジッパー上げ直して。  僕の肌、なんてさ。 「……」  けど、グリーンが見せたくないって言うから。 「……」  なんか、すごく。  ――俺の、なんで。  すごく。 「っ」 「そろそろ、水に入ろうか」 「あ、ぅ、うんっ」  よかった。  ちょうど僕も早く水に入りたかったんだ。  だって。  ――青葉の肌、見せたくないんだ。  だって、なんだかすごく独占欲を感じて身体が火照るようで、早く水で冷やしたかったところだから。  それから僕らはせっかくもらえたチケット分しっかり満喫しようって、最後までたくさん水にはしゃいで、楽しんで。  でもその間ずっと手を繋いでた。歩いてる時、話してる時、水の中にいる時以外はずっと、もう周囲の視線なんて、グリーンは気にしていないようだった。僕もあんまりに気にならなくなった。グリーンの手の熱さだけが気になって、すごく気になって仕方なかったから。  それこそナンパなんてされる暇もないくらいに二人でずっと、遊んで、ずっと水の中にいた。指先とかふやけちゃいそうなくらい。  たくさん。  たくさん遊んだ。  遊びながら、ずっとドキドキが、ずっと続いてた。 「はぁ、今日楽しかったね」  帰り道、電車を待ってる間も、電車に乗ってる間も、ずっと。 「青葉」  そろそろ大学近くの駅に電車が到着しちゃう今もずっと。 「今日、泊まってくことできる?」  今日のデートはプール。 「…………ぇ、あ」  その後の予定は特になくて、夕飯は外で食べてくるって言ってあって。あったけど、帰るつもりではいて。もちろんお泊まりセットとかも持ってきてないし。  だから、一応、大学近くの駅でバイバイになるはずだった。僕はこのまま電車に乗って自宅近くの駅まで、もしくはご飯食べてから帰宅。 「お父さんたちに連絡して、うちに泊まって行ける?」  それは。 「青葉」  グリーンの部屋に。 「ぁ……へいき」  わ、声、ちょっと裏返っちゃった。 「れ、連絡してみる」 「うん」 「電車、降りたら」 「うん」  ほっぺた、熱くて、チョコくらいなら難なく溶かしちゃいそうで、声が変に。  ちょうどそこで電車が聞き慣れた、週五回聞く大学近くの駅名をアナウンスした。そして、走っていた電車はだんだんとスピードを落として、見慣れた駅へと滑り込む。 「あ、もしもし? お母さん?」  駅に降りてすぐ、改札へ向かう人の邪魔にならないようにホームの端に移動して、電話をかけると、グリーンはその隣で静かに、行き交う人を眺めてる。降りる人、乗る人、そして、プシュって音を立てて閉まる電車の扉。  僕が乗ったまま「バイバイ」ってグリーンに手を振るはずだった電車を眺めて。 「あの、今日、グリーンのとこに泊まってもいい? ……うん。……はい。言っとく。それじゃあね」  僕は電話をしながらすごくドキドキしちゃってて。声が何度もひっくり返りそうになって。 「……大丈夫だった?」 「あ、うん。グリーンに宜しくって」 「……うん」  いつもと違う。 「それじゃあ、行こう」 「ぅ、うん」  グリーンがいつもと違う。  いつもはもっと話したりするのに。帰りは口数がすごく少なくて。  足もすごく速くて。  今はさすがに知り合いもいそうだから、手こそ繋いでないけど。でも手を繋いでいる時みたいに意識してしまう。グリーンの視線、口元、指、全部。早歩きも。とにかく全部。そして。  ――するよ。いつだって青葉のこと。  ずっと頭の中では昼間のあの時のグリーンの声を再生してた。  ――そういう目で見てる。  再生しては、息を飲むのにさえ、ぶきっちょになるくらい、ドキドキしてた。

ともだちにシェアしよう!