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第64話 もやしの子

 電車を降りて大学の前を通るバスに乗って。  毎日通っている道なのに。毎日、バスに揺られながら眺めるコンビニにマンション、美容院に歯医者さん、公園、全部流れてく景色は同じなのに、違って見えた。  ドキドキしながら眺めるいつもの道はちょっと違って見えた。 「青葉」  バスを降りると、ずっと無口だったグリーンが僕の名前を呼んで手を差しのべる。僕はその手を取って、繋いで。 「……うん」  僕もあまり話さず、コクンとだけ頷いた。  ドキドキ、してる。 「あっ……」 「青葉」 「!」  部屋に辿り着いてすぐキスをした。部屋の中は日中の日差しがまだ居座っていて暑くて、でも、僕らはエアコンをつけて間もない、まだ部屋の中は暑くて仕方のない中で、待ちきれずにキスをした。 「ぁ……グリーン、僕、シャワー」  ベッドに押し倒されて、深くて、息するのが大変なキスをいつもよりも長く交わして。 「さっき、プール終わって着替えた時にシャワーしたから、いいよ」 「あっ……」 「待てない」 「ン」  首筋にキスをされると、ゾクゾクってした。 「青葉」  覆い被さるグリーンに上から見つめられて、心臓が躍ってる。身体が熱くなってくる。だって、今日のグリーンはいつもと少し違うから。  そぉっと息を一つ吐いてから、その胸に手を当てた。 「僕、の、って思った、よ」 「?」 「今までは、あんまり、その、思わなかったんだ。グリーンって人気者だし、女子にすっごいモテてるのも。だってかっこいいし。それは最初からで、グリーンが人気者なのは当たり前で、だから僕はそれ、わかってて、って、なんかわかりにくいかも、だけど」 「……」 「今まではそんなこと思わなかったのに」  かっこいいなぁ、そりゃ人気あるよねぇ、楽しいもん、おしゃべりしてて。そう思ってたのに。 「ひ、独り占め、したいなぁって」 「……」 「お、おこがましいんだけどっ、僕なんか、が、なんだけど」 「っぷ、あは」 「!」  笑われちゃうようなことなんだけど。 「おこがましくない。なんか、じゃないよ」  ずっと最近思っちゃって。だから、さっきのプールでも思っちゃって。女の子に話しかけられてるグリーンを見たら、少しイライラもしちゃって。 「だって、俺はそれ、いつも思ってるから」 「え?」 「青葉のこと、独り占めしたいって」 「……ぇ、僕」 「だから、肌見せないでって言ったじゃん」  あ。  あれって。  グリーンはそう言って、微笑むと、僕の鎖骨のあたりを撫でた。ラッシュガードのジッパーを上までちゃんと締めないとって言った当たりを。 「ほ、ホントにそういう意味? あの、日焼けしちゃうから、じゃないの?」 「違うよ」 「もやしっこだからじゃなくて?」 「? もやしの子、の意味はあんまりわからないけど」 「え? あ、そうなの? えっと、つまりはもやしって白くてヒョロヒョロしてて、お味噌汁に入れると速攻でくたくたになっちゃうでしょ? あの感じが」 「もやしのお味噌汁、俺好きだよ」  へぇ、そうなんだ。もやしの、お味噌汁。簡単でいいよね。僕も「大」ではないけど好きだよ。 「日焼けはしないほうがいいけど、もやしの子とは思ってない。そうじゃなくて」 「あっ……」  もやしの子、じゃなくて、もやしっこ、なんだけど。なんてツッコミ入れられそうもなかった。 「青葉とプールに行くのは楽しみだけど」 「ぅ、ン」  だって、鎖骨のところと首筋にキスをされて、ツッコミなんかじゃなくて、小さく甘い声が口からは零れ落ちる。 「でも、青葉を誰にも見せたくない」 「あっ……ン」  そんなこと、グリーンが思うの? 僕相手に?  まるで、僕が思っていたことと同じことを、グリーンが? 「かっこい悪いよね。余裕なんてない。独り占めしたくて、けどそんなの青葉はイヤだろうから我慢してて」  グリーンにカッコ悪いところなんてないよ。あっても気にならない。 「けど、さっきのプールで一気に表に出た。そしたら青葉があんなこと言うから」  ――ムラムラ、とか、する? 僕に。  そう訊いた。そしたら、するよって、いつもそういう目で見てるって。  僕はそれが嬉しかったんだ。ドキドキして、そわそわして。 「我慢が無理になった」 「あっ……首筋……ン」  かっこいいとこ、誰にも見せちゃイヤだ。 「ン、あ、耳にキスっ」  人気者なんかじゃなかったらいいのに。 「ん……ン、ぐり……」  他の人にあんまり楽しい会話とかしちゃ、やだ。 「ん、ぁっ……。  話しちゃ、や。  そう思うようになっちゃったんだ。最初と全然違うことに驚くけど。最初は気にならなかったのが不思議なくらい。今はイヤなんだ。 「あの、グリーン」 「青葉?」  キュってしがみついた。 「僕も思ってた、よ」  恥ずかしい訳じゃないけど、なんか今、顔を見られたくなくて、首にしがみついて、その耳元でそっと告白した。 「グリーンのこと、独り占めしたいって」  ずっと、最近思ってたこと。狭い狭い、僕の心の中なんて窮屈だろうに。 「思ってたよ」  その狭い心の中へ、グリーンをつかまえて、ぎゅうぎゅう押し込んでしまいたいって、ずっと、思ってたって、そっと、そおーっと打ち明けた。

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