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第68話 普通の、どこにでもあるような、くすぐったい一日

 ――少し、創作する時間なくなっちゃってました。でも夏休みになったので、そろそろ次のサークル参加に向けて原稿進めようと思い。 「……ます! っと」  言いながら、次に、随分と大きくなって土に植え替えお引っ越しを済ませたアイビーの葉っぱの写真を撮った。身バレしないように、って言っても、別にすごいたくさんの人が僕のアカウントをフォローしてるわけじゃないからいいんだけどさ。  でも、とりあえず僕が僕ってバレてしまわないように気をつけて……葉っぱのとこだけ。 「送信……」  新生活に慣れるまでは本当にバタバタしちゃってて忙しかったんだ。課題に講義にレポートに課題に、アルバイトに、それに。 「っぷ、グリーン、身バレするから、そんなに嬉しそうにしてたら」  アップして一分にも満たない間にグリーンからリアクションをもらえてた。  また漫画を描こうと思うんだ。ちょっとさ、考えてることがあって。いや、大したものじゃないんだ。僕みたいな普通の大学生に描けるものなんて、すごくすごいものなんかじゃないし、社会人でもなくて、知ってる世界なんてまだ小さくてさ。  だから、僕には壁サークルさんみたいな神本は一生作れないけど。  箱何箱ですか? ってくらいの大量印刷も無理だし、オフセット印刷なんていうのも絶対に一生無理だけど。  いいんだ。 「あ、やば、原稿やってる場合じゃない」  僕はそれでいい。  たった一人でも、僕の作ったものを楽しんでくれるなら、それだけで僕は作る意味がある。そして――。  ――グリーン! 反応早すぎ! 今日、学科の皆でカラオケって言ったのに、何してんだ!  僕にはファンが一人いるから。  ――青葉に会いたい。 「っぷは、返事返ってくるの早い」  ――昨日会いました。  ――今日も。 「えー? 今日予定は入ってたのグリーンじゃんか」  ――僕こそ会いたかったぞ! 「っぷは、また変なスタンプ来た」  ――でも原稿進められたよ? 読みたい? 「あははは、目の中の星多すぎ! どこで見つけるんだ、こんなスタンプ」  ――グリーンってスタンプマニア。  ――原稿頑張って。 「うん……頑張ります」  小さく返事を声に出して呟いて。  ――グリーンはカラオケ頑張って。僕も聞きたかったです。グリーンの歌ってるとこ見たかった。すっごく。  ――だから! 会いたくなる! 「ぷくくくって、やばい。バイトの時間じゃん」  気がつけば、もう家を出ないといけない時間だった。慌ててポケットにスマホを突っ込んで、スニーカーをつま先に引っ掛けて外に飛び出した。  バイト先のコンビニまでは自転車で五分くらい、かな。歩いても行けるけど、歩くのはとっても暇な時か雨の時くらい。  自転車を飛ばして、ギリギリ到着。  もちろん自転車はスポーツ用のかっこいいのでもなければ、マウンテンバイクっぽいどこでも走れちゃうようなのでもなくて、普通の、ママチャリみたいなやつで。 「おはようございまーす」  基本、人見知りがすごい僕だけど、ここのバイトは長いから。高校生の時からだから、もう全然ホームって感じなんだ。コンビニの脇、一番お客さんの邪魔にならなそうな場所に自転車を停めると中へと駆け足で向かう。レジカウンターには僕の前に入ってて、僕と交代する人と、それから坂部さんもいた。大体そうなんだ。坂部さんの方が少し早くシフトが入ってることが多くて。たまに僕と同じ時間に上がることもあるけど、大体、坂部さんの方が少しだけ早く上がりになる。 「あ、富永君」 「坂部さん! あの! ありがとうございました!」 「?」  そんな坂部さんに一番にお礼を言わなくちゃって、カウンターへ向かうと、何のお礼なんだろうと、笑顔で首をかしげてる。 「チケット!」 「あ、プールの?」  そう、プールの。 「よかった。何かとっても良いことがあったっぽくて」  そう、あったんです。 「えへへ」 「それはよかったです」 「はい!」 「でもほら早くしないと遅刻になっちゃうよ?」 「あ、わ! はい! 行ってきます」  そして僕は「スタッフオンリー」と書かれた扉を勢い良く開けた。  普通の人なんだ。  大学行って、レポートにヒーヒーぜーぜーして、講義の最中は睡魔との死闘が待っていて、アルバイトはコンビニ。え? そんな面白いバイトがあるんだ! なんていうレアな特別バイトでもない。  どこにでもいる、どこにでもある毎日を送ってる。 「あ、冨永君」 「はい!」 「品出しお願いできる? ドリンクのところ、忙しくて前のシフトタイムでできなかったんだって」 「あ、了解です!」  でも、僕はそんな毎日に一生懸命でさ。  面白い日々なんかじゃないかもしれないけど。 「で? プール、どうだった?」 「いやぁ、それが」 「うん」 「ナンパされました」 「あ、グリーン君ありえるよね」  けど、僕は僕なりに。 「いえ」 「え?」 「僕がナンパされたんです」 「えぇぇぇ?」  ささやかでも今、一生懸命に恋をしててさ。 「えへへへ」 「え? なんでそこで、そんな嬉しそうなの」 「いや、雨降ってってやつだったので」  そういうささやかでくすぐったいの、描きたいって思ったんだ。

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