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第69話 ちっこい変化

「わぁ……」  大学の最寄り駅、改札を通り過ぎて階段を下りた時点で、先の、駅の外のレンガを強い日差しが照らしてた。見てるだけで暑いとわかっちゃうその日差しに思わず声が漏れた。  毎日猛暑。  エアコンのない場所なんかじゃ、じっと座っていてても干からびちゃいそうな暑い日が続いてる。  海とか……ちょっと行ってみたいなぁ。  八月だし。ちょうどの時期だし。でも、プールより危険はいっぱいだよね。女子の、その、なんていうか。  ハッスル!  っていうと何か男子っぽいけど、でも、まぁ雰囲気的にはそんな感じ。いわゆる肉食系女子がたくさんいるイメージ。  苦手なんだ。  そもそも関わり合うようなことってなかったけど、たとえば、隣のテーブルにそういう陽キャの人が来ちゃうと気後れしちゃうっていうか。  で、きっとそんな女子が海には溢れてて、グリーンはそういう方々からナンパとかされちゃったり。でも、せっかくの夏だし、海行ってみたいなぁ、なんて。  海行きたいなんて初めて思ったかも。けど――。 「あれ? 青葉じゃん」 「……山本、何してんの?」  バス停へと歩きながら、スニーカーじゃなくてビーサンで来ればよかったかなぁと自分の足元を見つめて歩いていたら、声をかけられた。パッと顔を上げるとそこに山本がいた。  バス亭に行くところで山本に遭遇したから、たぶん大学から駅に向かうバスで戻ってきたところだったんだと思う。  びっくりした。 「元気にしてるか?」 「うん。っていうか、昨日も喋ったじゃん」 「あはは、たしかに」  喋ったのはSNSの中でだけど。そう、原稿また始めますって呟いて、グリーンが真っ先にリアクションくれたんだけど、その後にヤマこと山本からも「がんばれー」って返事がもらえた。そこから少し話してたんだ。完全な内輪ネタだったけど、 「っていうか何してんの? 山本。大学行ってきたの?」 「そ。こいつと」  山本の隣に並んでる男子、たしか山本と同じ学部の人だ。たまに一緒にいるとこ見かけたことがある。会釈をすると向こうもぺこりと頭を下げた。 「そんで、今、し終わって帰るとこ。課題のことでな」 「そうなんだ」 「わり、山本、俺、喉渇いちった。なんか飲み物買ってくるわ。お前らは?」  その人はこのビーム光線みたいな日差しにぎゅっと顔をしかめるとTシャツの胸元をパタパタと仰いだ。 「あー、俺も飲む。ウーロン茶」 「おけー。えっと……」  それからその人がちらっとこっちを見た。 「あ、ありがとっ。けど、平気」  ちょっと緊張しつつ、でも気遣ってくれたことにお礼を言って、僕もぺこりと頭を下げると、その人は足早に、日差しから逃げるようにコンビニへ向かった。 「で、青葉は? 課題?」 「あ……あー」  課題とかではなかったり、して。  でも大学のほうには向かうつもりでいたり、して。 「あ、グリーンとデートか」 「!」 「そっかそっかぁ」 「あはは」  ちょっと、こういうの。グリーンとのことを誰かに言われるのは慣れてなくて、なんだか照れくさい。けど、小さくだけどちゃんとコクンって頷いた。  それに山本は満足気に笑って。 「なんか、青葉変わったな」 「へ? え? な、何も変わってないよっ。オタクだし、陰キャのままだし。グリーンが陽キャだけど、そもそもオタクだから」  彼氏ができたからと言って、何かが変わるわけなくて、イエイエーイ、みたいなノリにもちろんなれないし、ならないから。 「そうじゃなくて」 「?」 「なんかいい感じじゃん?」 「?」 「さっきのさ。青葉って人見知りすっごいするのに」  さっきの。山本と同じ学科の人? 「ニコっつって、ありがとうとかさ、前ならなかったよ」 「……」 「すっげぇ人見知りなのに」 「……」  うん。すごい人見知りなんだ。知らない人と打ち解けて話すのってかなり時間かかるし。自分のいる学科の人と身構えずに話せるようになったのなんて夏ちょっと前のことだし。それまでは話しかけられるとどうしても緊張しちゃって。 「そっか……な」  変わったとは思ってないよ。  今でも率先して友達を作りに自分から輪に飛び込むのはきっと至難の業だと思うよ。でも、ちょっとだけ。 「そんじゃぁ俺行くわ」 「あ、うん」  そこでコンビニから山本と同じ学科の人が出てきた。 「じゃあ、グリーンに宜しく」 「う、うん。言っとく」  ちょっとだけ。 「……」  知らない人と話せるようになった、かも。  それは何がドラマチックな出来事があって、劇的な変化があったとかってわけじゃない。こんなハプニングがきっかけになって激変! とかじゃなくて。  グリーンが僕を好きになってくれたから。 「あ、バス! バスバス!」  それがずっと僕をニコニコさせてくれるんだ。 「の、乗ります!」  グリーンといると楽しくて、引っ込みそうになる気持ちが一歩前に出てきてくれる感じ。  自然と、グリーンを見上げてる時みたいに顔が上を向く感じ。  そしたら、自然と、ほんのりちょっぴり変われたのかもしれない。  そう、グリーンのところに向かうバスの中で考えていた。

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