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第71話 夏はまだ
描きたいのはどこにでもいそうな主人公のどこにでも咲きそうな雑草みたいなお花のような恋のお話。
恋って誰でもするじゃん。
しない人もいるかもしれないし、恋愛が苦手って人もいるかもしれないけど。
片想いとか両想いとか、小さくても平凡でも誰もが味わったことのある恋を。
今、僕が日々触れてる恋をお話に――。
「よーし……」
したいって思ったんだ。
冬くらいの即売会イベントに出せたらいいかな。
そもそも描くの早くないし、夏休みが終わったらまた大学生活が忙しくなるだろうし。だから今からゆっくり始めて、秋の終わり頃までに原稿終わらせられたらいいかなぁ。
そしたら、この前作ったのと合わせて既刊、新刊一冊ずつ。
わ。
すごい。
二冊置くとか、すごくない?
グリーン買ってくれるかな。
いやいやそこは彼氏の特権としてプレゼント?
でもグリーンのことだからお金は払うよっていいそうだし。
けど、たくさん作るわけじゃないから一冊割高なんだよね。
大学生には少し厳しい金額っていうか。
それでなくてもグリーンはひとり暮らしだし。
「……」
今日はグリーン何してるかな。
僕が夕方からバイトあるからなぁ。
バイトがある日は会わないんだ。
夏休み期間はバイトで稼げる時でもあるからシフト長めにしてもらってる。趣味のためにもさ。だから会えても時間短くて。
それにグリーンだって友達と遊ぶでしょ。
近所に地方、海を越えてやってきた人はいないけど、地方から来てる同じ大学の学生はたくさんいる。
だからバイトがある日はメッセージのやりとりだけ。
海、やっぱり誘ってみようかな。
日帰りで。
グリーンの育ったところってアメリカでも真ん中のほうって言ってたっけ。おじいちゃんとか海をテレビでしか見たことがないって。
今度誘ってみよう、かな。
プールとはまた違うから。
「……ぁ」
グリーンからだ。
しかも電話。
珍しい。っていうか、ほとんど電話ってなかったかも。
いつもメッセージのほうが多かったから。
「も、もしもし」
『青葉?』
わ、ぁ……すごい新鮮。
「うん。どうしたの?」
『いや、どうしてるかなぁって思って』
グリーンの声が少し違って聞こえる。
「原稿してたよー」
『あ、ごめん』
「ううん。原稿して」
『うん』
「グリーンは何してるかなぁって考えてたから」
変なの。いつもと違って聞こえる。少し低く聞こえるんだ。だからか耳のとこくすぐったい。
『青葉のこと考えてたよ』
「あは」
『今日は青葉あんまりSNS浮上してなかったから』
忙しかったんだ。一応、大学生ですから。夏休みのレポートとかもあったし。
SNSのさ「浮上」って単語、面白いよね。
よくネットしてることをネットサーフって言うのもあるからか、ネットって言う広い海、水面からぴょんって顔を出したみたいな感じがする。
SNSエリアの海域の水面に、ぴょん、って。
「グリーンは明日、日本文化学科の集まりがあるんでしょ?」
『そう、インタビューとかさせてもらえるらしくて』
「すご……かっこいい」
『いや、俺は見てるだけだから』
「でもかっこいい!」
『そのあとインタビューをまとめてレポート』
「すご。頭良さそ」
電話の向こうでくすくす笑ってる声も普段より低く聞こえた。
「そっかぁ」
なんか忙しそうだなぁ。
『青葉?』
「そろそろバイトの準備しなくちゃ」
『忙しいのにごめん』
「暇だよ」
『さっき忙しいって……』
また小さく、電話の向こうで笑ってる優しい感じ。でも電話越しで低く聞こえるせいか、少し落ち着いてて大人っぽい。
「いいの。僕はグリーンの声聞きたかったから」
『青葉』
「それじゃあね。また」
『あぁ、また』
海はまたそのうち誘おう。
まだ夏休みはあるし。
まだまだ暑い日は続くし。
だからまたグリーンの都合のいい日に。たしかにちょっとお給料日後のほうが僕のお財布的にも優しいし。
うん。そうしよ。
「って! 本当にバイトの準備っ」
まだ描き始めたばかりの漫画の原稿はそのまま保存して、パッと立ち上がった。今日は長めシフトだから、ちょっと疲れるけど、海への日帰りを楽しみに頑張ろうって思って、足取りも軽やかに、カバンを手に取ってさ。
「バイト行ってきます」
いつ頃言おうかなって考えながら。何時まで海って入れるんだっけ? あんまり夏が終わる頃だとクラゲが来ちゃうんじゃなかったっけ? って考えながら。
「海行くの?」
「へ?」
坂部さんは超能力者なのかな。僕の考えてること全部わかっちゃう?
「富永君、さっき雑誌の紐かけの時、海旅行の特集睨んでたから」
なるほど。たしかに、すっごい見てたけど。
自分で紐かけしながら中身を覗き見したくて、すっごい表紙見てたけどさ。表紙から何かしら読み取れないかなって。
なんか美味しそうなスイーツとかあるのはわかったよ。
「夏なんで」
「いいじゃん。楽しいよね」
「ですよね」
誘えばよかった。明日は友達とインタビューだからダメでも、その次の日とか、さ。とにかく海行こうよって、その時に言って、その時約束すればよかったんだ。
「今、グリーン、レポートまとめるのに忙しくなるっぽいので、それが終わったら」
「そっか」
「バイト代も出るし」
またそのうち、じゃなくて。
「そしたら誘おうと思ってます」
まだ夏はあるし、じゃなくて。
この時、誘っておけばよかった。
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