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第78話 グリーンの家族
「ん……」
遠くで人の話し声が聞こえて、ふと目を覚ました。
映画でも見てるんだっけ? って、寝ぼけながら考えて、映画って? なんの? って、起きた。
「……」
英語だ。
それからどこだっけ……ここ。薄暗い部屋にはオレンジ色の明かりが天井をぼんやりと照らしてる。僕の部屋の天井じゃないし、こういうオレンジ色の明かりもない。
「んー……」
「目、覚ました?」
「!」
グリーンの声だ。えっと、えっと。
「おはよ。って言っても、今、夜の九時過ぎだけど」
「僕……」
「時差ぼけで、車の中で途端から寝ちゃったんだ」
そう、なんだ。覚えてないや。
起き上がると、海外っぽい部屋にグリーンがいた。多分ここはグリーンの部屋、なんだ。勉強机があって、窓から心地いい風が駆け抜けて。レースのカーテンをふわりふわりと踊らせてる。壁は白とエメラルドグリーンの縞縞模様になっていて、そこに写真がいくつか並んでいた。
「え? じゃ、じゃあ、僕、ごめんっ、ここに運んでっ」
「うん」
えぇ? いくらチビ助だからってさ、男だもん。そう軽々とってわけにはいかなかったでしょ? きっと、絶対に重かった。
「起こしてくれたらよかったのに」
「うん」
子どもみたいに抱えて車から運んでもらってしまった。
「うわぁ」
恥ずかしさとやっちゃった感で頭を抱えた。だって、それってさ、日本からはるばるやってきた謎の日本人学生が寝こけて抱えられながら登場したってことでしょ? なんだ君は? って感じじゃん。
「はぁ…………」
ホント、やっちゃった、だよ。
緊張しっぱなしだったんだ。初海外が一人旅だなんて。家を出た瞬間からグリーンの顔を見るまでずっとずっと気が張っていた。不安で胸っていうか喉奥まで身体の中がパンパンになるくらい。ちょっと緩んだら、「恐い!」って騒いじゃいそうなくらい。
何度もチケット確認して、何度も乗り継ぎの方法もチェックして、何度も何度も。
「疲れたでしょ?」
グリーンはそう言って僕の頬をすごく丁寧に優しく撫でてくれた。
「まさか、ここに来てくれるなんて思ってなくて。あの写真を見た瞬間、親に言って車を借りて、空港に向かいながらずっと慌ててた」
「……」
「夢なんじゃないかって」
「……」
「だって、君がまさか海を越えて来てくれるなんて、思ってもいなかったから」
僕も思ってもいなかったよ。
「感動した……」
自分にこんな勇気があるなんて知らなかったんだ。
「愛は最強、なんだよ。グリーン」
そう言うとグリーンは顔をくしゃくしゃにして笑ってくれた。笑いながら、またキスをおでこ、ほっぺた、鼻先、それから。
「……」
唇にもくれた。
「お腹空いただろ? 食事、あるから」
「あ、うん」
「歩ける? あ、そうだ、ごめん、うちは室内靴なんだ」
「わ、すご」
ベッドの脇には黒いサンダルが並べてあった。グリーンのなんだって。ベッドに運んで、靴下を脱がせてしまったから、サンダル。僕の靴はグリーンの部屋の扉のところにちょこんと置いてあった。
本当に靴のまま家の中にいるんだね。なんか、玄関で脱ぐのが普通な日本人にはすごく変な感じなんだけど。ちょっと「良いのかな? 靴で」って染みついた習慣のせいでソワソワするけど、グリーンが屈んで僕の足先をサンダルに置いてくれた。
手を差し伸べられて、そっと支えてくれる。寝起きの僕は目を何度か忙しなく瞬きさせると、グリーンがささえてくれる手に力を込めた。
「っぷ、グリーン、僕、病人じゃないから大丈夫だよ」
そんなにあれこれ世話しなくても平気だからって言っても、とっても過保護なんだ。歩けるかな? って、顔をしたままだ。
歩けるし。
全然、元気だし。
寝ちゃったけど。
寝ちゃったおかげでスッキリだし。
そして、それでも支えてくれるグリーンに促されて下へ行くと、それこそまさに海外ドラマみたいな世界が広がっている。
大きなソファーにテーブル、ランプ、模様が豪勢な、おじいちゃんのうちとかにありそうな絨毯。それから超巨大なテレビ。
「!」
そしてグリーンの家族なんだろう。おばあちゃん? 多分、グリーンのご両親に、若い女性、それから、小さな子、僕の腰の辺りよりもずっと身長が小さな赤ちゃんがゲージの柱につかまり立ちをして、僕を不思議そうにじっと見つめてる。
『まぁ、起きたのね』
『お腹は空いてないか? 今、サンドイッチを出してあげよう』
『喉は乾いてないかい?』
これがグリーンの家族。
「あ、えっと」
何を言ってるのかは全然わからないや。英語でたくさん話しかけてもらえてるのはわかるんだけど。所々知ってる単語は出てきたけど。ハングリーとかサンドイッチとか。
『さぁ、こっちへお座りなさいな』
グリーンのおばあちゃん、かな、僕を手招いて、ソファをポンポンと優しく叩いてる。多分ここに座りなさいって意味、なんだろう。そしてすぐに出してくれたサンドイッチにミネラルウオーター。
「あ……えっと……い、ただきます」
これがグリーンの家族なんだ。優しくて、朗らかで、さっきのグリーンみたいに世話をしてくれる。
それから、グリーンのお母さんだと思う人がにっこりと笑って、僕がサンドイッチを頬張るところを眺めていた。
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