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第80話 オタク論

 自転車で真っ直ぐこの道を行けばグリーンがいるって、教えてくれた。なぁんにもないところだから、すぐにグリーンが見つかると思うわって、多分、言っていた気がする。 「おーい! グリーン!」  その通りだった。グリーンはものすごく広い畑でトラクターを運転しているところだった。音がうるさくて聞こえないのか、グリーンはちっともこっちに気がついてなくて、もう一度、もっと大きな声で呼ぶと、やっとこちらへ顔を向けた。そこで僕は自転車を降りて、カゴに入れていたランチボックスを持って畑の端まで歩いていく。そこでまた手を振った。 「おーい!」 「青葉! どうして、まだ早いのに」 「うん。まだ時差ボケなのかな、起きちゃって。そしたら、お母さんがここにいるって教えてくれた。それから朝ごはんも持ってきたよ。一緒に食べてって……言ってたと思う」  美味しそうだったよ。ランチボックスからは焼き立てのベーコンとパンの香りがしていて、ここに来る途中で、お腹がぐーぐー騒がしかったんだ。 「食べよ」  だから、来て早速だけどって、そのランチボックスをグリーンに見せた。 「すごいね……広い」  収穫を終えて、今は土ばかりの畑を夏だけれど、朝だからなのか、清々しい風が通り過ぎていく。その風には少し土の香りが混ざっている気がして、目を閉じながら胸いっぱいに吸い込んだ。 「ここに小麦の黄金色が広がったらすごい綺麗なんだろうなぁ」  今みたいに風が駆け抜けて、ゆらゆら風に揺れてさ。地平線だって見えるここならその黄金色の切っ先を朝日が照らす様子を想像しただけで感動的だった。 「あぁ、すごく綺麗なんだ」  グリーンが見て育った景色なんだろうなぁ。  この土から、若葉が育って、一面緑色になる。そしてその緑色がゆっくり、でも、どんどん黄金色になっていって、穂もゆっくりどんどん膨らんで重みを増して。風が走るときっとサラサラと綺麗で涼しげな音がするんだろう。  毎年、季節ごとに変わるこの草原のような畑を見て育ったんだ。 「……お母さん、勉強続けなよって言ってたよ」 「……」  グリーンはきっとこの畑がすごく好きで、家族がすごく好きで。 「戻りたいと、思うよ……でも」  そう。  でも自分のやりたいこともしっかりあって。  好きなもの、好きなこと、将来のことだって、ちゃんと考えてて。 「申し訳ない気がするんだ。俺は祖父がとても好きなんだ。この畑も祖父が大事に作り上げてきた。うちの小麦粉で作るパンは最高なんだ」 「あ、もしかして」 「そう、うちで作った小麦だよ」  すごくすごく美味しかった。昨日食べたサンドイッチも、今僕が一口いただいたサンドイッチも。 「どうしたらいいのか……わからない。どっちを選んでも後悔する気がして」 「……」 「それなら、ここで」 「どっちか選んで選ばなかった方のことを考えて後悔するならさ、どっちも選ぼうよ」 「……」 「二兎追って、二兎ゲットしちゃえばいいじゃん」  口をポカンと開けてた。  だってそうじゃん。どっちか選ぶのが難しかったら、二つとも選べばいいじゃん。 「即売会、欲しい同人、全部買い、だよ」 「…………」 「オタク論」 「…………っぷ、あははははは」 「そんなに笑う?」 「だ、だって、ここで、そんなこと言われるとは」  思わなかった? でも、オタクってとってもすごいパワー持ってるんだよ? ね、見た? 同人誌即売会でのみんなのハンターっぷりったらさ。すごいんだ。もう本当にハンターだから。全部、気になる作家さんを事前調査しまくりで、ルート作って、その通りに獲物をゲットしてくんだ。そこらへんのバーゲンセールに挑む女の子なんて目じゃないから。すごいんだから。マジで同人誌即売会は戦場だから。 「おじいちゃんは元気になるよ、きっと、この美味しいパン食べてるんだからさ」 「でも、今はそうでも、いつかは」 「それまでに猛勉強して戻ってくればいいじゃん」 「……」 「それこそネット社会ですから。日本文化を扱う何か仕事をするとして、それが日本じゃないとできないわけないでしょ? 実際、オタ活をグリーンはここでしてたじゃん。まぁ、色々不便はあるだろうけどさ」 「……そうだ、ね。それがいいかもしれない」  そこでグリーンは少し寂しそうに笑った。僕を見つめて、触れようと手を伸ばして、でもそれをやめて笑った。 「……それなら、確かにできるかな……」 「それに、さ、グリーン」  これは言うのすっごい恥ずかしいんだけど。すっごい謙遜しちゃうんだけど。恐れ多いんだけど。でも――。 「グリーンが大ファンの作家さんもこっちでオタ活するかもよ?」 「…………ぇ?」 「い、いや、プロになるとかは、わかんないし、無理だろうけど、プロじゃなくても描けるじゃん? コピ本とかさ。作れるじゃん?」  自分で、ファンがいるふうに話すのとか、すごい恥ずかしいし、僕ごときがって思うんだけど。 「……青葉、それって」 「だ、だって、グリーンが言ったじゃん」 「……」 「僕のファンって、さ」 「……」 「だから」  だからね、僕だってこっちに来ちゃえばいいじゃん? それで、僕一人くらいで、君の後悔がゼロになるのかっていうと、それはわかんないけど、でも。  自惚れかもしれないけど、でも。 「だから、僕がずっと、その」  でも、二回も飛行機乗り継いで海を渡って会いにきてくれたくらいだから。  僕も、二回も飛行機乗り継いで、人生初の海外に君を迎えに来たくらいだから。 「一緒に……」  ずっと一緒にいたいって、お互いに思ってるんじゃないかと、そう。 「どうでしょうか?」  思うんだ。

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