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第81話 あ、うん

 朝食を二人で食べた。  雲がひとつもない青い空の下で、草の上に座り込んで食べたサンドイッチは、この、まだ一面土だけの、この畑でとれた小麦でできたパンで、なんか、なんかね。  すごく特別な朝ごはんだった。  青い空と太陽と風をお腹いっぱいたいらげた感じがしたんだ。  僕の身体を作る一部分に青い空も太陽も風もなってくれた気がして、なるほどって思った。  グリーンが素敵な理由の一つはこれなのかもって。  グリーンの笑顔があったかいのはきっとこのパンからゲットできた太陽のおかげで。  グリーンのそばにいると晴れやかな気持ちになるのは青い空の下で育った小麦パンのおかげで。  グリーンが優しいのは、ほら、今、僕らのすぐそばを駆け抜けた風を胸いっぱいに感じながらすごしてきたからで。  なんか、きっとそうなんだって思った。  ピクニックみたいな最高の朝ご飯を終えて、二人で自転車で競争をした。車なんてめったに通ることのない、とにかく清々しいくらいに真っ直ぐでのどかな道をなんにも気にすることなく走って。もうなんか途中笑っちゃうくらいに思い切り自転車のペダルを漕ぎまくって。  自転車に乗るただそそれだけのことでこんなに楽しくなれたのなんて子どもの時以来だった。  ”ただいま”  これ、ちょっと不思議なんだ。多分、日本語で言うところの「ただいま」を英語で言ってるんだと思う。昨日、僕を連れてここへ帰ってきた時も同じことを言っていたし、今、畑から帰ってきた時もそう言っていた。だから、たぶん「ただいま」の意味であってる。  けど、日本語に直訳すると少し意味が不思議な感じ。  私はホームです。  ほら、ちょっと不思議な日本語。意味は分かる気がするんだけど、でもやっぱり不思議な感じ。  そして、グリーンのお母さんが、グリーンにそっくりな陽射しみたいな笑顔をむけて、多分、おかえりって意味の挨拶を英語で話してる。  そこから少しグリーンと話しをして。 「!」  僕の方をチラリと見てから、また笑って、「サンドイッチ グッド?」そう尋ねてくれた。  僕はコクコクと頷いて、そして、またグリーンの顔を見て、その頬を手のひらでぽんぽんと撫でた。  もちろん僕には何を話してるのかなんてわからなくて。  お母さんはそのまま赤ちゃんを抱っこすると、そのぷにぷにとしたほっぺたにキスをして片手で軽々と抱え上げた。赤ちゃんはケージの中から抱え上げられた途端、僕を見つけて「あ、不思議色のお目目のー!」って言いたそうな顔で小さな手をパッと僕の方に伸ばしたけど、そのままどこかへ一緒に出かけちゃった。 「保育園に連れて行ってから、自分もパートの仕事に行くってさ」 「あ、そうなんだ」 「だから、留守番お願いされたよ」 「あ、うん」  グリーンはそう言いながら、ゲージの中に散らばった赤ちゃんのおもちゃを真っ赤なバケツの中に戻すと、リビングから続いているキッチンへと向かい、冷蔵庫から飲み物を取り出した。 「青葉も。暑かったでしょ」 「あ、うん」 「まだ時差ボケ残ってるだろうから、ここでゆっくりしてて。テレビ……って言っても全部英語だけど」 「うん」 「俺は母さんに頼まれた家事やっちゃうからさ」 「あ、じゃあ、僕も」 「平気、座ってて」  でも、って言ったけれど、もうグリーンは洗面所の方に行ってしまった。洗濯、するのかな。マットとかをたくさん、あっちこっちから拾ってる。  洗濯なら僕だってできるしって。 「これも? 洗う?」 「……ぁ……あぁ、うん」  そして、手当たり次第、とりあえず、グリーンに渡していく。 「あとは?」 「平気だよ。座ってて」 「けど」  だって、暇だし。グリーンが忙しく動いてるのに、僕だけのんびりソファで寛げないでしょ? だから、手伝うってば。そう思って、その行動を追いかけると、今度は、掃除機。  掃除機かけるのかな。 「僕、それやるよ。自己流だけど、お母さんによく手伝えって言われるから、できる」  完全インドアタイプの僕は外に行かない分、家事を手伝えと言われる機会も多いわけで。 「掃除機って、ちゃんとかけると全然違うんだよ。……と、母が言ってたわけで」  そう言いながら手を伸ばしたら。 「ヘーキ、座ってて」  え、でも、本当に違うんだよ? 隅っこにさ、掃除機の吸い込み口をぎゅっとくっつけて五秒。そしたらまた少しずれて、五秒、ぎゅって。たったこれだけを部屋の隅全部にやるだけ埃の出る感じが全然違うんですってよ。お母さんがテレビの知恵袋で教わったそうで、これをやるのは僕の役割だった。ぶきっちょな僕でもできるから。 「やるってば。暇人だもん」 「平気だよ。青葉は時差ボ、」 「これ以上寝たら、逆にボケるよ。だから、貸し……」  貸して? って言おうと思った。手を伸ばして、掃除機、僕がやるからって。そして覗き込んだんだ。グリーンさっきからずっと忙しそうだったから、そのくらい僕がやるってばって思いながら。 「グリーン?」  そしたら、顔が真っ赤だった。 「あの……」 「ごめん。長いフライトで疲れてるって思うんだけど、その」  すごい真っ赤だ。 「青葉、が、俺の服着てるのって、けっこう」  すごいすごいすごーい、真っ赤。 「くるんだ」  その真っ赤な頬を隠すようにグリーンが手の甲で口元をゴシゴシした。 「だから、あんまり……近くに来られると、理性……切れそう」  そう低く、小さく呟いたから。 「あ……うん」  そう小さく返事をした。

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