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第84話 またね

「体調とか、どう?」 「ん、へーき……」  まるで病人みたい。その、ゴム、なしでしちゃったから、身体がおかしくなってないかってずっとグリーンは心配してくれてる。 「喉乾いた? 何か飲む? お腹は?」  違うかな。病人じゃなくてお姫様、かな。今なら指先をちょいちょいってするだけで、どんなものでもグリーンが届けてくれそう。 「平気だよ。さっきお水もらったし、お腹も平気。朝ご飯にサンドイッチたんまり食べました」  そう言ってベッドの中でくすくす笑ってると、グリーンが僕の頭のてっぺんにキスをくれた。まるで自分が宝物なんじゃないかと思えちゃうくらい大事に大事に扱われて、くすぐったいよ。 「あとは、何か……」 「平気だってば」  笑いながら、僕の頭をそっと撫でてくれるグリーンの手をぎゅっと握った。 「青葉?」 「欲しいの、あるよ」  嫌だなぁ。 「何? 言って」  離れたくないなぁ。 「グリーンともっと一緒にいたい」  だから、ぎゅっと握った手を自分の胸のところで抱え込むように、小さな子どもが大好きで大事な宝物を誰にも取られないよう抱え込むみたいに、ぎゅって。  君が僕をそう思ってくれるように。  君は僕にとっての宝物だから。 「……青葉」  明日、帰らなくちゃいけないんだ。もっと長いこといるようにすればよかったけど、往復で買っちゃったからさ。夏休みも終わっちゃうし、バイト、坂部さんにたくさん代わってもらってるから。申し訳ないでしょ? だから、もう帰らなくちゃ。 「でも、種まきも頑張って欲しいです」 「……うん」 「でもでも、種まき終わったら帰ってきて」 「……うん」  待ってるから。 「俺こそ」 「?」 「もっと青葉と一緒にいたい」 「……」  そして、唇に触れてくれるグリーンのキスはとてつもなく優しくて、あったかくて、キス一つなのに、数秒前の何十倍も恋しさが溢れてきた。  おじいちゃんの容体は安定したようで、数日のうちに退院することになった。でもその後、すぐに畑仕事に復帰なんてわけにはいかないから、やっぱり種まきの方はグリーンがすることになって、けど、お仕事を手伝ってくれる人も探すって言っていた。親戚にも手伝ってもらえそうだしって、グリーンのお母さんが言っていた。大学は――。 「もう少しゆっくりして行けたらいいのに……って、母さんが言ってる」 「あっ、ありがとうございますっ、さんきゅーべりーまっち」  しばらく休学することになる。  でも退学じゃなくて、休学。もちろん復帰予定。 「じゃあ、行こう。青葉。空港まで送る」 「あ、うん」  これから僕は乗り継ぎ二回のあの冒険をまたしないといけない。でも、まぁ、そんなに緊張はしてないかな。  緊張はしていないけど、でも。 「ここが一面緑色になって、黄金色になるのかぁ」 「そうだよ。すごく綺麗なんだ」 「うん。さっき、グリーンのお母さんが写真撮って送ってくれるって」 「……うん」  でも、寂しさはものすごくて。 「そういえば、マイケルがすごい青葉に懐いてた」 「そう? 行くとめっちゃほじられそうだもん」 「っぷ、あははは」 「いや、笑い事じゃないんだって、めっちゃ目狙ってくるんだって」  昨日、お別れ会を開いてくれたんだ。お仕事の帰りにたくさん買い物をしてきてくれたお母さんがご馳走を作ってくれた。  嬉しかった。 「ここじゃ、外国人は珍しいから」  狭くて、窮屈って言ってたっけ。  こんなに広くて、どこまでも麦畑が続いていそうなのにね。 「次、会ったら、マイケルは五歳かぁ」 「……青葉」 「んー?」 「その、本当に」 「本当だよ」  大人になったら、ね。 「グリーンと一緒にいたいっていうか、いる」  どこでもいいんだ。 「けどなぁ」 「青葉?」 「一つ問題はあるんだ」  君といられるなら、どこでも。 「何?」 「BL扱ってる本屋さんがなぁ」 「そこ?」 「うん。そこっ」  グリーンのお母さんたち、反対するかな。  うちのお母さんたち……は、なんか平気な気がする。僕に似て、ちょっと能天気だから。僕の人見知りは完全お父さん似なんだ。お母さんは人見知り何それ? 美味しいの? 状態な人だからさ。 「すごい大事ポイントだもん」  心配なことなんて山ほどある。不安なことだって山ほど。けど、それ全部を抱えたって構わないって思えるくらい。 「グリーンだってそれがあったから日本来たんじゃん」 「俺は違うよ。誰より青葉のファンだから」  君と一緒にいたいんだ。 「だから、青葉に会いに日本に行ったんだ」 「……」 「生で君に会えた時の俺のテンションとか、青葉が知ったらお腹抱えて笑うと思うよ」 「えぇ?」 「もうそのくらい大興奮だったから」  そう言ってクスッと笑うグリーンの髪が窓を開けっぱなしで入ってくる風にヒラヒラユラユラ揺れている。  綺麗な横顔、綺麗な青い瞳、綺麗な金色。  いつもの、みたい。  他愛のない話。ねぇ、あれ読んだ? 今日のお昼オムライス食べられた? あの作家さんの呟き読んだ? これは知ってる?  そんな、いつもの、大学の資料棟の裏で二人っきりで他愛のない話をしてた時みたい。  そして時間はあっという間に過ぎちゃうんだ。また明日は、この漫画のこと話したいな。これも知ってるかな。そう思って、次そこで会えるのを楽しみにしていた。 「……じゃあ、気をつけて」 「うん」 「忘れ物はない?」 「うん。っていうか、忘れ物するのが難しいくらいなんも持ってきてないし」 「確かに。っていうか、青葉ってすごい。まさか初海外そんな軽装で来るなんて」 「オタクのパワーはすごいんだぞ」 「うん……気をつけて」 「うん!」 「じゃあ……」 「うん」  次、また何を話そうって考えながら帰るよ。グリーンが好きそうな漫画も買っておこう。そんで戻ってきたら、その漫画の話をいっぱいできるように。紙本買っておかなくちゃ。 「じゃあ」 「あ、忘れ物あった」 「え? 何? ここで買えるも、」 「……」  君とまたBL話したいな。 「グリーンにキスするの」 「……」  だから。 「青葉って」 「?」 「たまに、ものすごい」 「えぇ?」  だからさ。 「じゃあ、種まき頑張って」 「うん」  君に。 「またね」 「あぁ」  次、またねって、手を振った。

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