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第85話
BLってファンタジーだと思ってたんだ。
世の中、そーんな街中の人が見惚れちゃうようなイケメンが一般人にいるわけないじゃん。そんなイケメン自分で自覚してるから、絶対に何かしらの有名人になってるって、って思ってた。
性別関係なく好きになったんだー! 君のことー! なんてことも、そうそうあるわけないって思ってた。
思ってたんだ、けどね。
いよいよ、十時。
いよいよ、開場。
でも、まぁ、僕のとこは、別に。
「やっぱ、暇だなぁ」
山本の方は元気にやってるのかなぁ……あの、すごいオーラ放ってる辺りで。エロす、どエロすが溢れてるあの一角の中で、紅一点で。そう思って、グーッと首を伸ばして山本のスペースの辺りを見渡してみたけど、ここからじゃちょっと見えそうもない。
人生二度目の同人即売会。
人生二度目のサークル参加。
今回は完全ぼっち参加にした。山本は小説な上に好きなジャンルがまた違ってるから、スペース的に離れちゃうんだ。こっちはほのぼの系なので。あっちは、どエロすの、なんでもありの癖(へき)強めエリアなので。こっちの可愛かったり、イケメンが可愛い男子をぎゅっと抱っこしながらの表紙に、タイトル文字もふんわり、画数多めの漢字もなく、優しい言葉が並ぶ中に、山本のあれは……ちょっと、ね。好きなものは人それぞれだものね。
すごいなぁ。
二回目でもやっぱり感動だなぁ。
だってここにいる人全員BL好きなんだよ?
それってすごくない?
年齢もバラバラ、性別は女性が多いけど、いろーんな人がいるけど、みーんなBLが好きだなんてさ。
あの時もすっごい感動したっけ。
「……」
あの時はすごいイケメンがいるなぁって思ったんだっけ。
金髪でさ、コスの人かなぁ、なんて思ったんだ。
人生初がたくさんあった一日だった。
「あ……そだ」
山本に連絡しなくっちゃ。今回も僕の大好きな作家さんが参加してるんだよね。山本の方の感じが分かり次第、二人で店番頼む頼まないって決めようと思ってたんだ。
山本の小説ってちょっと人気なんだよね。あいつの癖濃いのもあるんだろうけど、SNSとかでも話すの上手だから、結構ネットの友達も多くて、今日の初参加も「行きます!」「ご挨拶します!」って言われてたから。もしかしたら、僕、店番してあげたほうがいいのかもしれないって思ってさ。
「僕の……方はまだ、平気そう……っと」
そっちの手伝い、行ったほうが、いい? って、文字を打っていたところ。
「あの……」
BLってファンタジーって、思ってた。
だってあんなイケメンそうそういないし、性別超えて、特別に特定の同性を好きにならないって、そう……。
「すみません」
思ってた。
「ここブルーグリーンですか?」
僕のサークル名。自分の名前をそのまま英語に置き換えた超シンプルな名前。
「はい、そうです」
「ファンです」
「…………」
「新刊一冊ください」
「…………」
「無配ポスカない、ですか?」
「すみません。今回、ちょっとレポートが忙しくて、作る時間なかったんです」
BLのそんなのファンタジーっしょ? って思ってた全部が僕に起きた。
好きになるのは女の子。
だったんだよ?
キスをするのは女の子と、って思ってたんだ。
地味な隠キャが陽キャのモデルみたいなイケメンと恋なんて、ありえないって思ってた。
ただの恋ひとつのために、海を越えて会いに来るなんて、歌みたいなこともありえないって思ってた。
「あと、夏休みに海外まで、ちょっと、行ったりしてたもので。資金不足もありまして」
でもそんな全部が僕に起きた。
恋ひとつ。
陽キャの君に好きと言ってもらった。
恋愛対象が女の子だったはずの僕は気がつけば、そんな君を好きになって、飛行機にだって乗っちゃった。
帰りも大変だったんだよ?
ちょっとチビ助けすぎて一人で歩いてるとたくさんの人に心配されちゃったし。大丈夫? 迷子? って、おとーさん、おかーさんとはぐれた子みたいに思われたりもしたし。
「……青葉」
思考回路バグった、かな。
「っ」
「ただいま」
「年越すって、言ってたじゃん、かっ」
「ごめん。親戚がそのまた親戚を連れてきて、農場手伝ってくれるっていうから。母さんが、もう日本に戻れって」
「っ」
「だから急いで帰ってきた。連絡したかったんだけど、青葉、今日の準備で忙しそうだったし。邪魔したくないから」
邪魔になんてなるわけないじゃん。
「君の新刊楽しみだったんだ」
君のこと大好きなのに。
「まだ誰も買ってない?」
うん。っていうか、僕のとこ、開場早々に来る人なんて君くらいなものだよ。普通は大手サークル先に行くよ? だって、すぐに無くなっちゃう時もあるからさ。とにかくみんな目当ての大手さんとこにまっしぐらなのに。
「よかった。あおっぱ。ファンとして、光栄だ」
「っ」
「……青葉」
「っ、ん」
頷いたら、こぼれちゃったじゃん。涙。新刊についちゃったら、どーすんだよ。
「会いたかった」
でもいっか。君が新刊買ってくれるから。君に押し付けちゃお。
「ぅ、ん。うん」
「会いたかった」
「僕、もっ」
「え? わ! ええぇぇぇ?」
「きゃー!」
「うそおおおお!」
そんな声が聞こえる。
そりゃそうだよね。突然、男子同士のキスシーンなんてイベント? って感じだよね。
BLはファンタジーみたいだなって思う。
だってさ。
キスしただけで、足のところに羽が生えちゃったみたいに、ふわふわふんわり、飛べそうな気がするくらい、幸せな気持ちに、一瞬でなれるんだから。こんなのファンタジーでしか、ないでしょ?
イベントは無事に完了。外に出ると、会場の熱気の中に一日中浸かっていた僕らには、少し心地良い気さえするほど、空気が冷たく冴えていた。
「ねぇ、青葉、この新刊のタイトルって……」
「んー?」
「僕らの……ってさ、どういう」
「んー……」
僕は君が好き。
君も僕が好き。
この好きに触れると、ふわふわドキドキ、純愛なピュア感が溢れてる。
けれど、触れて、撫でて、キスをするとさ。今度はドキドキがゾクゾクに変わって、ふわふわ綿飴みたいな気持ちが蕩けたハチミツみたいになってくる。エロすが出てきちゃう。だからね。
「そのタイトルの意味はねぇ……」
恋って、つまり、そういうことって思うんだ。君が帰ってきて、ものすごーく嬉しくて嬉しくてたまらないけど、この後の山本とのオフ会はちょっと欠席して、僕はね。
「後で教えてあげる」
早く、君としたいことが、あるんだよ。
だから恋は二元論。ふわふわ綿飴とトロトロ蜂蜜。ピュアと――。
「え、今じゃだめなの?」
「ダメー! 後でー!」
ピュアと甘くてやらしいエロスでさ、恋って成り立ってるって。
「青葉ー!」
そう、思うんだ。
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