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夏だ!編 2 触手!

 “今日も原稿進められたー! この調子なら入稿特別料金かからずいけるかも!“ 「いえーい……と」  送信。 「あー、歩きスマホ、いけないんだー」 「ぁ、山本」  そうそう同じオタク仲間の山本も晴れて二年生になりました。二年生になると大学生活にも少し慣れてきて、やっとゆっくり……できるわけもなく、今度は就職活動が少しずつ始まったりもして。昨今の日本人はとっても忙しくて大変だと思ったりもして。 「ど? 原稿」 「じゅんちょーです! 秋のイベント余裕です」 「マジか! ぁ、ちょうど今、それSNSで言ってる」 「うん」  僕が、あおっぱ。で、山本はヤマって名前で同じSNSを徘徊している。まぁ変なもので。リアルで仲良しっていうのはなんとなく他のフォロワーさんにもわかると思う。同人誌即売会のスペース設営とかお互いに手伝ってるみたいなことも呟くし。で、そこでも交流しながら、リアルでも交流して。 「最近、青葉人気だよな」 「いやいやそんなことございませんよ」 「フォロワー数だってまだ増えてね?」  大学一年の時はホント数名って感じだった。だから、何か呟いて、一つ、いいねがつくとそれだけで嬉しかったっけ。  いや、もちろん今もすっごい嬉しい。大喜び。  けど、漫画、少しずつ読んでくれる人が増えてきてさ。  すごいよね。全然だし、え……ろ……とか甘いっていうか、いや、砂糖みたいに甘いんじゃなくて、描写がぬるいっていうかさ。そこまでえろえろしい感じにはまだ描けなくて。だって、ちょっとね……なんといいますか。 「もういいね十個以上ついてんじゃん」 「いやいや……」 「にしてもマメだねぇ。グリーン。一番乗りでいいねつけてる。って、今日はおらんの?」 「いるよ。後で合流する予定」 「グリーンとこで原稿やったりもしてるんだろ? ラブラブだなぁ」 「あはは」  ラブラブだけどさ。 「夏休み中に海じゃなくて山行くんだろ?」 「そ」 「山ごもりかぁ」 「言い方! なんか武者修行みたいだから。ヒゲボーボーにして」 「いや、青葉、髭はえないっしょ。ていうか、そうじゃなくてさ」 「あー、オフ会?」 「ほら大人気じゃん」  そんなんじゃないって、と謙遜しつつも、ちょっとその件についてはびっくりっていうか。ビビるっていうか。  オフ会するんだ。  僕、趣味以外も結構呟く雑多垢だから、SNSで山に行くっていうのも呟いてて。もちろん武者修行じゃなくてグランピング。今、大流行りのさ。  そしたら、どこのグランピングですかー? ってとあるフォロワーさんからリプが来てさ。どこどこですよー? って答えたら、そこ、うちの近所なんですって返事返ってきてさ。一緒にオフ会しませんか? って。ちょっとでいいからお目にかかりたいなんて言われて。ぜひなんてさ、地元にまさか先生が来てくれるなんてって言われちゃったりして。友達も一緒なんですけど、って言ったら、むしろお邪魔しちゃう感じですみません! 汗、なんてさ。  お目にかかりたいとかさ。  先生、だよ?  僕が先生って、ちょっとびっくりするじゃん? 「固定ファンおるし」 「ファンなんて烏滸がましいって」  僕の大ファン、なんだって。  すごくない?  僕にファンとか先生とかすごくない?  グリーンも僕のファンって言ってくれてて、今でも僕の漫画が神本って言ってくれるけど、リアルでのグリーンのかっこよさハンパないからさ。ファンっていうか、僕がファンって感じで。 「俺も頑張んないとな……」 「あ、山本、昨日、根落ちてたもんね」  だからちょっと違うんだ。グリーンは。 「そうなんだよー。起こしてくれよー」 「ネット上で叫んだじゃん。起きろー! ヤマー! って」  SNSで叫んだところで身体を揺さぶって起こせるわけでもなく。山本は完全寝落ちてたそうで。秋の同人誌即売会に間に合うかどうか、みたいだった。  それにそもそも大学生なんで。勉学あるし。 「リア充には僕の苦しみなんてわからんよな……」 「いやいや、リア充て」 「リア充じゃん! 彼氏おって、ラブラブし放題で、その彼氏が超絶スパダリなもんだから、イチャイチャしつつもレポートの課題を手取り足取り」 「……なんか山本がそれ言うといかがわしい」 「んなっ」  だって。今、山本が描いてるまさに手取り足取り、森の奥でがんじがらめな触手責めなんだもん。怖いもん。マジで森の中でそんなのに遭遇した時点で僕気失っちゃうかもだもん。 「えー? 俺のなんてソフトな方だと思うけどなぁ。グリーンも面白かったって言ってたし」 「んな! グリーンに読ませたの? あのゴリゴリ性癖披露しまくってるのを?」 「……あかんの?」  だって、恥ずかしくない? こんなこと考えてるの? えぇ? こんなのしてみたいの? すけべ! 変態! きゃー! ってなるかもしれないのに。 「い、いや……いいけども」 「まぁ、とりあえず、俺は今からレポートっていう触手以上に俺を困らせる怪物を倒しに行ってくる!」 「お、おー……頑張れ」 「そんじゃーな!」  山本は言いながら走って教授のところへ向かった。夏休み前、課題を出してくる教授もそりゃいるわけで。大学生はどうにか夏休みを少しでも楽しむためにと今まさに奔走してて。  グリーンもそうなんだけど。  科が違うからさ。  やっぱ課題するなら同じ科の人としたほうがいいじゃん? だから、後でねって。英語が母国語のグリーンは日本語で課題をやらないといけないから、僕なんかよりもずっと大変わけで。だから。 「……」  仕方ないんだけど、さ。 「……ぁ」  そしてスマホを見るとリプ、ついてた。  グリーンからじゃなくて、最近、フォローしてくれて僕の漫画がめっちゃ好きって言ってくれてる、モリさんっていう人からだった。  “原稿頑張ってください! 秋に読めるの楽しみにしてます!“  そんなリプをもらえてた。

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