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夏だ!編 6 見えぬなら、見せてもらおう、ホトトギス

 お腹が空いたなぁ。 「どうしようか。飲み物、青葉はお茶なくていいの? いいなら、あとは……ない、かな」  唐揚げ食べたいなぁ。  あ、でもカレーも美味しそう。  餃子も食べたいかも。お惣菜コーナーにあるよね? あ、でも、キスする時に、におい気になっちゃうかな。  グリーンってお腹鳴ったりするのかな。  鳴らなそう。  ぐーキュルルなんて言わなそう。お腹の虫すらハンサムそう。ハンサムなお腹の虫ってなんだって思うけれども。  お腹が空いたよ、トホホ……なんてなってるとこ見たことないや。 「あとは……」  いつでも完璧。  いつでもハンサム。  怒らせたいんじゃないんだ。  妬いてもらいたいんじゃないんだ。  そうじゃなくて、グリーンの色んな顔が見たいんだ。友達にはさ、きっととっても良い人って思われてる。いっつも優しくて、いっつも笑顔で、おおらかで。  けど、そんなずううううっと笑顔の人なんていないじゃん? 人間だもん。怒ることだって溜め息だってつくだろうし、泣くことだってあるでしょ?  僕はそんな色んな、完璧じゃないグリーンが見たいんだ。  ちょっとだけあるよ? ほんの一瞬だけ。大学の懇談会でバイト先の坂部さんに遭遇した時とか。あと、グリーンと同じ学科にいる腐女子の人と話してた時、一瞬だけ出現して、すぐに引っ込んじゃったけど。ちょっとだけ見えた。あの時は付き合う前だったから、その垣間見ることができたスペシャルレアなグリーンの表情を堪能する暇なんてなかったけど。  でも、そう、色んなグリーンを知りたい。 「うーん、持ち込みOKなら何か持って行こうか。でも、電車で行って、そこからけっこうレンタカーだから。あんまり重いと電車の移動の時に大変かな」  うん。知りたい。  僕は、そう、思います。 「夕飯のメニュー見るとあんまり量なさそうな気がしない? 何か持ってく? 重いかな。どう思う? 青葉」  はい。色んなグリーンを彼氏の僕は知りたいと思います。 「青葉?」  題して。見えぬなら、見せてもらおう。 「ホトトギス!」 「え? フォト?」 「あ、違っ」  明日からのグランピング旅行に備えて準備をしてたんだ。こういうイベントって準備する時点から楽しいでしょ? で、二人で買い出しにって少し遠くのスーパーまでやってきたんだけど、お腹が空きすぎてね。そしたらそこから考えが斜めの方向に突っ走って。ホトトギスになっちゃった。 「な、なんでもない! えっと、あれだよね! ご飯! 足りるかなってことでしょ?」  えっとって、慌ててスマホで予約した詳細を引っ張り出してみる。とっても流行っているグランピング。用意してもらえるのはお肉と野菜、それからサラダもあってチーズにバケット、デザートもついてるって。たくさんありそうだけど、どんなものか量とかわからなくて。けっこう山の山頂にあるっぽかったから、もしも足りないってなったら困るかなって。近くにコンビニとかなさそうでしょ? 「じゃあさ、グリーン、残っても大丈夫そうなのとかは?」 「あぁ、確かに。そしたらやっぱり足りないといけないから何か買っておこうか」  ふわりとグリーンが微笑んだ。 「だね。菓子パン、とか」 「あ、いいね」  僕のよく知っている、グリーンがよくする優しい笑顔。グリーンのことを思う時真っ先に出てくる笑顔だ。 「じゃあ、菓子パンコーナー行ってみよう」 「……うん」  けど、それじゃない君が見たい。  そうじゃない君が見たいんだ。 「青葉は菓子パン、どれが好き?」 「ドーナッツ、美味いのあるよ。ここのお店あるかなぁ。甘くてさ。すっごい甘いからグリーンは懐かしいかも。外国っぽくて」 「へぇ」 「チョコとバニラの二種類で入っててさ。お得な感じなんだ」 「へぇ、いいね」  うん、って頷こうと思った時だった。  ――ぐーきゅるるる。  め。 「ごめ、青葉の話聞いてたら」  めっちゃ、グリーンのハンサム虫が、鳴った! けっこうおっきく、鳴った! 「!」 「すごい音……恥ず」  めっちゃ、ぐーきゅるるるって鳴った。そして、それを聞かれて、あのグリーンが、イケメンすぎるアルファグリーンが……アルファグリーンってなんか洗剤の名前っぽい。どんな衣類もたちまち爽やかに洗い上げちゃいそう。めっちゃ素敵にしちゃいそう。って、そんなのはとりあえず置いておいて、今、一つ、見れた!  少し赤くなりながらそのお腹を大きな手でギュッと鷲掴みにして、ばつが悪そうに、小さく咳払いをして。  ちょっと慌てててる。 「じゃあ、俺たちが今、食べる分も買っておこうか。あ、これ? ドーナッツ」  ちょっと誤魔化そうと話変えようとしてる。 「青葉?」  どんな君も見てみたいんだ。  いつでも完璧。  いつでもハンサム。  怒らせたいんじゃないんだ。  妬いてもらいたいんじゃないんだ。  見せてよ。  怒った顔も、優しい顔も、楽しいと笑ってくれる顔も、変な顔も。 「青葉? そんな笑わないでよ」 「笑ってません!」  君のお腹の虫はハンサムだけど騒ぐとけっこう音大きいのも。  そのお腹の虫の大騒ぎっぷりにめちゃくちゃ真っ赤になって照れくさそうにするのも全部。  全部。 「微笑んでいるんです!」  全部全部、僕のものにしたくなるんだ。

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