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夏だ!編 8 リアルは珍妙
やっぱりスパダリに愛でられ可愛がられる受けっていいですよね。でも、その受けも女の子みたいな感じじゃなくて、ちゃんと男子な方がいい。
「その点、あおっぱ。さんの漫画はもう大満足っていうか」
「あ、ありがとうございます」
「いや、こっちこそありがとうございます、です」
サラリーマンで、普段は営業で外周りが多いんだって。スーツ萌えはあんまりしないって言ってた。自分の周りにスーツの人がたくさんいるからかなって笑ってた。
商業の先生の話とか、あの漫画良かったとか、そういうのSNSでもトモさんと話したことあるけど、やっぱり文字打って話すのと、こうして言葉でぽんぽん言っちゃえるのって全然違ってて。
女の人だと思ってたのが、男の人だったからかな。
なんか、雰囲気が違ってて。
けっこう話しやすくて。
「グリーンさんはもう日本に来て長いんですか?」
「……いえ、去年から」
「へぇ、それなのに日本語上手だなぁ。僕、営業で英語使うことになるかもしれないから、英語やれって言われてるんですけど、なかなか……」
「……そうなんですね」
「あおっぱ。さんは去年でしたよね? 海外、行ってませんでした?」
「え? なんで知って」
「あはは。一応、ファンなので、タイムライン辿ったりしたんです」
「えぇぇ!」
「すみません。怪しさ満載ですよね」
そう、なんだ。そっか。そうだよね。辿ろうと思えばいくらでも辿れるもんね。
「あんなふうに素敵な漫画描けたらすごいですよね」
「い、いえ」
「今度は、イベント、秋に参加するんですっけ?」
「あ、します」
「じゃあ、今度は直に買いに行こうかな」
「え? マジですか?」
いつもは通販なんだって。
男子はやっぱり目立つんだろうなって思うと、どうしても躊躇してしまっていた。
でも、それこそ僕のタイムラインを見て、行ってみたいと思ってくれたんだって。楽しそうだったから。
「その時は、一番に買いに行きます」
「!」
嬉しい、って思った。
「ぁ、りがと……ございます」
ぺこりと挨拶をして、やっぱり食べたかったキーマカレーと一緒にセットでやってきたラッシーを飲んだ。とろりとした喉越しにキュッと喉が縮こまる。
だってさ、自分の作ったものを誰かが楽しんでくれるってすごいことでしょ?
買ってくれるなんて、信じられないでしょ?
やば。ヘラヘラしちゃうじゃん。
「僕、ちょっと、お手洗いに」
「はい」
そそくさとカラオケルームを出ると、はぅ、ってひとつ吐息を溢した。
オフ会って。
「ふぅ」
けっこう楽しいかも。
してよかった、かも。
トモさん、話しやすいし。好みがっつり似てるし。まぁ、性別違ってたことには本当に驚いたけどさ。でもさ――。
「今日は、ごめんね」
「!」
びっくりした。心臓、止まるかと思った。あと、ダサいくらいにビクってなっちゃった。
「ぁ、トモさん」
「あおっぱ。さんに嘘ついてたから嫌われたらって」
「そんなことっ、しないですって。むしろ女性だと決めつけちゃって……」
話弾んだし。それに何より、女の人じゃなかったから、グリーンにさ、なんていうか、また変にヤキモチしないで済んだし。女の人だったら絶対に複雑にはなる、かなって。気持ちが。僕の漫画を楽しみにしてくれるすごく貴重な存在だけど、でも、グリーンのこと好きになっちゃう時点でライバルっていうか、むむむ、ってなっちゃうし。
お邪魔虫って、やっぱ思っちゃってたとも思うし。
「こっちこそ、すみませ、」
「あのさ、もしかしてグリーン君って彼氏、だったりする?」
「……え?」
謝ろうと頭を下げかけて、心臓が一瞬止まった。
「いや、さっきも話したけどタイムライン辿ってたから、なんとなくそうなのかなって」
「……ぁ、えっと」
「腐男子だからゲイってことはないけど」
「……ぁ、の」
「僕は、ゲイなんだ」
「………………ぇ、えぇぇぇぇぇ!」
いや、そんなにびっくりしたら失礼なんじゃない? っていうか、そうなの? え、あの。え?
「で、今日はあおっぱ。さんにどうしても会いたくて」
「へ?」
「っていうか、あんなに漫画描けちゃうからもしかしたらって思うんだけど」
「へぇ?」
「あ、いや、なんというか、たまにゲイだからこそわかる部分があるというか」
「え?」
「今回、グリーン君込みのオフ会だったけど」
「えぇ?」
「むしろっ」
「ひぇ?」
「青葉!」
「絶対に晒しません! 絶対に晒さないので! どうかハグしてるところを写真に撮らせてください!」
「俺の青葉にっ」
なにこれ。
「手を……」
なにこの展開。むしろ、これBLでよく見かける展開すぎて、ポカン……ってなる。既視感がものすごくて。けど――。
「…………」
けど、やっぱり事実は小説よりも、なんちゃらだ。
よくあるでしょ? 横恋慕キャラが強引に割り込んでくるも、超絶イケメン攻め彼氏がいるのによそ見なんてするわけない溺愛されまくり受け彼氏が「やだ」って言って、それで、颯爽と王子様攻めにさらわれて、あとは……うふふ、えへへのイチャイチャエンド。あ、でも、そこでガチで襲われかかって、からの、激しい嫉妬混じりの、イチャイチャエンド。どっちにしてもイチャイチャエンド。
でもそれはやっぱりファンタジーで。ノンフィクションで。
フィクションではさ。
実話としては、トイレで慌てる地味目オタク男子に、仮想腐女子、リアルはサラリーマン腐男子が合掌しながらお辞儀をして、そこに飛び込む金髪碧眼アルファグリーン、っていう、なかなかに、それぞれが、それぞれな感じで、とてもこれは。
「どうか、ハグだけでいいので! 見せてください!」
珍妙な光景だった。
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