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夏だ!編 9 暴走カー

 やっぱりBLはファンタジー、なのかもしれない。  だってこんなこと、本当にあるんだって、びっくりしちゃって。 「いや、グリーン君がこんなイケメンかどうかはわからなかったけど、本当にあおっぱ。さんの漫画好きで。っていうか、ずっと隠れて追いかけてて。で、去年の今頃から、少しずつ呟く物事が変わってきたなぁっていうのは思ってて」  まさか、僕のアカウントを追いかける物好きがいるなんて思いもしなかった。  だって、大したこと呟いてないし、そんな神絵師でもないし、端っこの端っこで、えへへへ言いながら、趣味なのに締切があってその日のために頑張って、ゼーハーしちゃってる、ただのオタク大学生なのに。今日は友達でもあるヤマとカラオケに来てまーす、とか。呟いたってそのくらい。劇的なことは一つも起こらない、ユーモアのあることも言えない、そんなアカウントなのに。 「あ、ヤマさんもフォローしてます」  あ、そうなんですね。 「で、ヤマさんと一緒にたまに写真の自撮りアップするじゃないですか?」  あ、さっきまでタメ口だったのに敬語になってる。なぜか。 「その時、顔のとこはスタンプで隠してるけど、これは絶対可愛い感じの人だって思ってて」  そうですか? あまりに顔面丸ごとスタンプだと写真的に怖い気がして、なんとなく髪が見えるくらいのサイズでスタンプしてた。顔面に自信がちょっとでもあれば晒してるんだろうけど、そんな自信は砂粒ほども持ち合わせてなくて。 「その写真とかで見るかぎり、ポーズとかで、可愛い系の人だなと」  ただのピースサインだったかと……服が萌え袖に若干なってたりするのは、自分の萌えだったりもするからでして。自分、可愛いキャラなどでは決して……。 「あ!」  ええ! 急に大きな声出すからびっくりするんですが! 「あれです!」  どれ、です? 「今日は本当にオフ会のつもりだったんです。でも、その、グリーン君がまさかの本当にスパダリすぎて、イケメン眼福がすぎて、もう、なんというかそのスパダリに愛される平凡地味受け萌えっていう鉄板設定もすごすぎて」  …………すみません。平凡地味受け風貌で。 「妄想が止まらないんです。三次元萌えは未だ未経験だったんですけどっ」  三次元……。 「萌え度ハンパなかったんで! もう墓まで持っていくので、写真一枚だけ撮らせてください! それと本当に新刊楽しみです! あの、最近のあおっぱ。さんの漫画、一皮剥けたっていうか、あ、いや、本当にシンプルな意味で。とにかく、ゲイとしても、腐男子としても、神本です! ありがとうございます!」  いっぱい一気に話されて、さっきまで、大人だぁ、社会人だぁってちょっと憧れさえ抱きかけていた自分に笑っちゃいそう。もう興奮のあまり普通のオタク友達って感じだし。 「っぷ、っぷはは」 「あおっぱ。さん?」 「いえ、すみません。えっと、新刊、頑張ります」 「! 応援してます。あの……それで……その、ハグ」  いや、それはさすがに……そう丁寧にお断りしようとした、んだけど。 「青葉は」  ふわりと頬を撫でられた。グリーンの大きな手が、僕の隣、左側に座っていたグリーンの手が、背後から肩を抱くように後ろを回って、僕の右頬を撫でる。  ひゃああああ。  って、内心大騒ぎしてたら、その一瞬で真っ赤になった僕の左側の頬にはグリーンの高い鼻が触れて。 「俺のものなんで」  そんな低い声が左耳のすぐ近くで聞こえた。  ぎゅってされながら。頬を、耳を、指先で、唇で、声で、触れられて。 「ひぃ…………」  トモさんが馬さんの鳴き声みたいな珍妙な声を出して。 「尊い……ごちです」  そう小さく呟くと、自分の鼻と口元を片手で覆い、まるで僕がいつもオメガバースのスーパー攻めアルファに愛でられ慌てまくるオメガ受けを読んで萌転がった時のように。 「ごちです」  そうもう一度噛み締めるように呟くと天を仰いだ。  オフ会は無事終了。  萌えに心臓止められると何度か呟いていたトモさんはこれからしばらくいただけた萌えで仕事頑張れますって言ってくれた。  カラオケのところで解散した。  萌えで仕事頑張る、って、大人はなかなか大変そうだなぁって思いながら、そんなトモさんを見送った。  で、僕らはそこから今度、山の方へと借りたばかりで、運転不慣れなレンタカーで登っている最中。つい十分くらいまでカラオケルームもあったし、コンビニだってちゃんとあった。スーパーもあったし。民家もたくさん、だったのに。ナビに導かれるまま進み始めるとどんどんとそんなお店が消えて、もうすでに住宅地も抜けていた。 「にしても、まさかの展開だったね」  マジで。トモさん、尊いって泣きながら呟いてカラオケルーム出てっちゃったし。僕はポカンってして、グリーンは隣で僕のことをハグしたままじっとしてた。 「あ。写真、撮ってなくない?」  写真撮りたいって言ってたのに。 「ね、トモさん……って、グリーン?」  怒って、る? 「あの、グリーン?」 「今更だけど」 「?」 「さっきの、俺、変じゃなかった?」 「?」 「あんなの、スパダリくらいしか言えないセリフだ」 「……」 「はぁ」 「……っぷ、あははは」 「青葉? ちょ、そんなに笑うなんて」  さっきの、あれでしょう? セリフってさ。 「だって」  僕がさ、萌えがすぎて廊下を転がっちゃうあの名台詞でしょ? あれで一週間は飲まず食わずでいけちゃうかもしれない、あれでしょ?  アルファ攻めしか言っちゃいけない名台詞。 「めちゃくちゃ萌えました! ご馳走様です! って、あわわわっ」  そう大きな声で話すとハンドルがぐらりと揺れて、グリーンが危ないって叫ぶ声と、僕のわーって叫んだ声と、それから慣れない運転にゼーハーしまくってる心臓が、小さな、一番安いレンタカーの車内で賑やかに騒いでた。

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