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第2話
放課後、春輝は部室に行くと、既にちらほら生徒が各々楽器を出していた。
この学校の吹奏楽部は全国的にも有名で、クラシックのみならず、J-POPなど音楽業界で有名人を多く輩出している。
春輝は部室に入ろうと、踏み出した時だった。
「はーるーきっ」
「うわぁ!」
後ろから勢いよく抱きつかれ、転びそうになる。思わずドアを掴んで堪えると、背中でにっこり笑う生徒がいた。
「冬哉 ……危ないだろ」
「えへへー、ごめん」
冬哉はわざとらしく舌を出して春輝から離れる。
彼は春輝と同学年で一組の木村 冬哉。一六〇センチも無い低身長ながら、明るく屈託ない笑顔で学年、いや、校内の華となっているという噂だ。
その噂は本物かもしれない、と春輝が思うのは、冬哉は女の子のように可愛い容姿をしており、ふわふわとした天然パーマの髪は栗色で肌ツヤも良く、春輝に負けない大きな目とふさふさしたまつ毛が一層人目を引いていた。おまけにこの学校の創業者、木村旭 の孫で、フルートの腕も全国レベルで良いときたら、色々凄くて嫉妬を通り越して尊敬すらする、と春輝は思う。
「毎度毎度、抱きつかないと気が済まないのか?」
呆れた声で部室の棚の扉を開くと、春輝と冬哉は自分の楽器を取る。今日は個人練習の後、週末のお祭りに向けての合奏なので、その楽譜も取り出すが、冬哉は手が届かないため、暗黙の了解で取ってあげる。
「ありがとー春輝」
全開の笑顔でこちらを見る冬哉は、弟みたいで可愛い。春輝も笑顔でどういたしまして、と言うと、冬哉は照れたように笑った。
「ね、個人練習一緒にやろ?」
「……それ個人練習じゃなくなるだろ」
それに、冬哉はフルートを持つと別人のように厳しくなるので遠慮したい。そう思って部室を二人で出ると、冬哉は横に並んで歩く。
「えー? 楽しいじゃん。お祭りでやる曲合わせようよ」
「お前は楽しくても、オレはついていくのがやっとだから大変なの」
どういう訳か、冬哉はこんな小さな身体をしているのに、音量も春輝より出る。技術もセンスも置いていかれないようにと、とにかく足を引っ張らないようにするのが大変で、冬哉と進んで練習したがる部員はいない。
「逆に春輝くらいだよ? ついてきてくれるの」
「それはオレを買い被り過ぎだ」
「そうかなぁ?」
クスクスと笑う冬哉。
「じゃあ、僕が思う春輝の音のいい所、教えてあげる」
冬哉は春輝の前に出ると、後ろ手に楽器と楽譜を持って見上げてくる。それは知りたい、と春輝は冬哉を見ると、彼はうっとりして両手を胸の辺りで組んだ。
「春輝の音は……とーっても色っぽいの!」
「はぁ?」
「何だろう、吹いてる姿も色っぽいけど、音も艶があってビブラート一つとっても、優しく愛撫されてる感じ?」
それから、と続けようとした冬哉に、春輝はストップをかける。恥ずかしくて聞いていられない。
「冬哉……もういい」
思わず顔を片手で隠すと、冬哉は照れてるの? と笑った。
「かーわいいなぁ、春輝は」
小さな声で冬哉は呟く。え? と春輝は冬哉を見ると、彼はいつものニコニコ笑顔だ。
「冬哉、お前……」
からかったな! と春輝は冬哉の首に腕を回し、締め上げる。もちろん本気ではないけれど、冬哉はすぐに笑いながら腕をタップした。
「ごめんって!」
春輝は腕を離すとまったく、とため息をついた。こうやって、人をからかうから油断も隙もない。それに、冬哉に絡まれると本気で嫉妬する生徒がいるので、程々にして欲しい。しかも本人は、あまり気にしていないように見えるので厄介だ。
「でも春輝、ホントに恋愛した事ないの?」
何でそんなに色っぽいの、と音楽室に入った冬哉は不思議そうに言う。そう言われても、自覚がないので何とも言えない。
「ないない。好きな人がいた事さえないよ」
春輝は苦笑する。街中で可愛いな、と思って女の子を見てしまう事はあっても、好きになる事はなかった。でも、興味が無い訳じゃない。
「そういう冬哉は? 好きな人いるのか?」
春輝がそう聞くと、周りの生徒が聞き耳をたてる気配がする。すると冬哉にしては珍しく、大きな目を更に大きくして驚いたような顔をして、それからはにかんだように笑った。
「僕? ……内緒っ」
「木村! その反応絶対いるだろ! 誰だ?」
冬哉の返答を聞いた途端、周りから誰だ誰だと質問攻めにあい、あっという間に囲まれている。冬哉はニコニコしながら、落ち着いてよー、とか言って宥めていた。
「だって僕が名前を言っちゃったら、みんなその人に嫉妬するでしょ? 絶対言わなーい」
冬哉のその発言に、春輝はモテてる自覚はあるんだな、と思った。その上でのこの言動とは、思った以上に冬哉は食わせものなのかもしれない。
春輝は合奏の準備をすると、その場で基礎練習を始める。周りはまだ冬哉の想い人の話で盛り上がっているけれど、集中してしまえば気にならなくなる。
その後、顧問が来るまでその話が続き、注意されて合奏が始まった。冬哉は、みんなこういう話好きだよねー、と笑いながら席に着く。
◇◇
部活が終わり下校時間、春輝は冬哉と寮に向かっていた。と言っても、徒歩十秒なのですぐに寮内に入るのだが。
「あ、そうだ。春輝、今日一緒にご飯食べない?」
「え? 良いけど?」
いつもは自分のタイミングで食べているので、一人で食べる事が多かった春輝だが、誘われて困る事はないので話を受ける。
「良かったっ、じゃあ吾郎 先輩と水野先輩にも声掛けとくねっ」
「は? 宮下先輩はともかく、何で水野まで……」
「良いじゃん、隣の部屋同士のルームメイトと食べるの、楽しそうじゃない?」
宮下吾郎とは、冬哉のルームメイトで三年生だ。三人だけでも良さそうだが、冬哉はそうもいかないようで、不満げな春輝の顔を見上げてくる。
「そんなメンツで食べて、誰得なんだよ……」
「うふふ、僕得~」
だって水野先輩カッコイイじゃない? と冬哉は笑う。
「アレが? カッコイイ?」
思わず声に力が入ってしまうと、冬哉はそれを見てまた笑った。そして先程の冬哉の想い人の話を思い出し、まさかと思って春輝は冬哉の両肩を掴む。
「冬哉、騙されんな? アイツは勉強だけが取り柄の、ただの小姑だぞ」
小さな肩を揺らすと、冬哉は何故か顔を赤らめた。何故そんな反応をする、と思っていると、力説するあまり、思い切り顔を近付けていることに気付く。
「春輝ったら……そんなに迫られたら……」
「いや! 違うから!」
叫んで離れると、思わず周りを見た。数名の生徒が、春輝たちを見て固まっている。春輝も恥ずかしさで顔が熱くなった。
「とにかく、アイツは止めとけ、な?」
冬哉が傷付くだけだ、と春輝は言うと、冬哉は何故かまだ顔を赤くしたまま小さく頷いた。
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