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第4話

次の日、朝礼が終わると、いつものように間宮がすぐにやってきた。しかも今日は何だかソワソワしている。 「春輝、昨日一組の木村冬哉とキスしてたんだって?」 「はぁ!?」 挨拶もそこそこにそんな事を言われて、春輝は思わず声を上げた。そう言えば、今日はやたらと視線が刺さるなと思っていたのだ。校内は朝からその噂でもちきりらしい。 「してないしてない! 何でそんな事になってんだよっ?」 春輝は両手を振って否定すると、間宮は拍子抜けしたように、そうなの? と言っている。 「寮の廊下で、春輝が木村の肩を持って、こう……」 間宮はそう言って、春輝の肩を掴んで顔を近付ける。 「わー! 再現しなくていい!」 そう言いながら春輝は間宮を振りほどくと、貴之は止めておけと言った時のことが、こんなにも曲解されて噂になってるなんて、と内心舌打ちした。 「違うの?」 「違う。えっと……目……そう! 冬哉が目にゴミが入ったって言ったから、見てたんだよ!」 「そうなんだ……」 春輝は本当の事を言う訳にはいかないよな、と咄嗟に出た嘘をつく。止めておけとは言ったけれど、人の気持ちはそう簡単には変えられない。春輝は冬哉の恋を応援するつもりでいた。そうなれば春輝の言葉が、どこで貴之の耳に入るか分からない。 間宮は何故かホッとした表情をしている。どうして? と春輝が聞くと、間宮は細い目を更に細くして苦笑した。 「だって、あの木村冬哉だよ? 理事長の孫ってだけでも何か気が引けるし、部活推薦なのに一組にいるとかホントもう……近付くのも恐れ多いって感じ」 「……そうかなぁ?」 むしろ冬哉は、そういう目で見て欲しくないような気がする、と春輝が言うと、間宮は、ああいうのは、自分の事良く分かった上でずるい事やるんだよ、と取り合わなかった。 (確かに、あざといと感じる事はあるけど……) それにしても、冬哉の事を良く思わない奴もいるんだな、と春輝は驚いた。でも、冬哉を遠巻きに見ている生徒たちは、きっと間宮に近い考えをしているのだろう、とそんな気がした。 「……ところで間宮、俺のシャーペン見なかった?」 「シャーペン?」 「うん、いつも使ってるライムグリーンのやつ。名前が入ってるからすぐに分かると思うけど」 春輝は入学祝いで貰ってお気に入りだったんだよね、と言うと彼は分からない、と困った顔をした。教室にあるかと思って探してみたけれど無くて、春輝は肩を落とす。 「気にしておくよ。見つけたら連絡する」 そこまで話して、チャイムが鳴る。間宮はすぐに自分の席へ戻って行った。 春輝はボーッと窓の外を眺めながら、一日の授業を過ごす。外は雨で、空調設備が整っている教室から見ても、ジメジメとして気が滅入った。 放課後、その雨は止んだけれど、どんよりとした雲は未だ空に残ったままだ。さすがに廊下までは空調が無いので、重たい空気を鬱陶しく思いながら春輝は歩く。 「はーるきっ」 「うっ……」 またいつものように冬哉に抱きつかれ、というか突進され、春輝は息が詰まる。 「冬哉……」 振り返って彼を睨むと、冬哉はバッと離れて両手を上げた。 「ごめんごめん……ってか春輝、どしたの?」 何か元気無いね、と見上げられ、こういう所があざといと間宮は感じるんだな、と思った。 昨日の寮での事、と言いかけると冬哉は被せるようにああ、と声を上げた。 「春輝が僕に迫ったってやつ? 僕も朝から聞かれてばっかで……」 困っちゃうよねー、とニコニコ笑う冬哉に、ちゃんと否定したんだろーな、と春輝は言う。根も葉もない噂は、そしてそれが冬哉相手なら余計に勘弁して欲しい。 「うん、僕の恋愛相談に乗ってくれてただけだよって」 にっこり笑って言う冬哉に、春輝はガックリ肩を落とした。何でまた、よりによって恋愛相談とかややこしいワードを出すんだ、と春輝は頭が痛くなる。 はぁ、と春輝はため息をついた。 「あのな、冬哉……この際だから聞くけど、お前この学校に本命いるんだろ?」 春輝は冬哉を見ると、彼は珍しく視線を逸らす。そして小さく頷いた。 「……うん……」 「だったら、そんな回りくどく気を引くような事してないで……」 「だって怖いんだもん!」 冬哉は弾かれたように叫ぶ。そして泣くのを我慢しているかのように顔を赤くして、震えていた。その姿に、春輝は何も言えなくなってしまう。 「ここまで言っても大丈夫かな? って、少しずつ試して何が悪いの? 僕も相手も男だって分かってるから、慎重にだってなるよ……っ」 冬哉の目から大粒の涙が零れ出した。春輝は思わず周りに人がいないか確認してしまう。これではまた噂を立てられそうだ。 「冬哉、ごめん……だから泣くなよ……」 どうしよう、泣かせてしまったと春輝はオロオロしていると、ハンカチを渡すことを思いつく。制服のズボンのポケットからそれを取り出すと、冬哉に渡した。部活でハンカチを使うので、いつも持ち歩いていて良かった、と春輝は涙を拭う冬哉を見てホッとする。 「春輝はやさしーね。そういう所、好き」 まだ目元が赤い冬哉だったけれど、笑顔だったので春輝も微笑む。すると冬哉はふと、視線を落とした。 「やっぱ……思い切って告白した方が良いと思う?」 「うーん……」 春輝は考えた。自分に好きな人がいたとして、と想像してみるけれど、分からない。 「状況にもよるんじゃないか? どれくらいの仲なのかとか……」 そうだよねぇ、と冬哉はため息をつく。 「でも、僕がいくらアピールしても、気付いてないのかスルーだし……」 それとも気付かないフリをしてるのかなぁ、と冬哉はしょんぼりした。春輝は彼の背中を叩く。 「……冬哉の想いがちゃんと伝わればいいな」 「うん……ハンカチ、ありがと。洗って返すね」 春輝はうん、と返事をすると、二人で部室に向かい、楽器を出して合奏に入る。明後日のお祭りに向けて、合奏は大詰めだ。試合等が無い限り、土日は部活が休みなので、実質今日が本番最後の練習となる。 春輝は右隣に座る冬哉を横目で見て、ゾクッとした。 いつものニコニコした彼ではなく、真剣な眼差しの冬哉は、左手でシャーペンを持って楽譜に注意点を書き込んでいく。そして、そこから目を離さず春輝を呼んだ。 「なに?」 「……ここ、もうちょっと音量欲しいから、春輝、こっちに回ってくれる?」 「了解」 パートの割り振りを再編成して、顧問の指揮でもう一度その箇所を合奏する。しかし顧問は何か納得いかないようだ。 「先生」 冬哉が手を挙げる。 「三、四拍目を八分で刻んだら、みんなは入りやすいかと」 「ああなるほど」 顧問は指揮の専門ではないため、手探りでやっている所もある。それを助けるのも冬哉の役割になっていた。 「だからティンパニーはその八分音符、みんなに聞かせるつもりで」 「はい」 冬哉はティンパニーの奏者が先輩でも、遠慮なく言う。そしてまた小声で春輝を呼んだ。 「出だし、誤魔化したでしょ。音が転んでた」 「う……はい、気をつけます……」 誤魔化し切れたと思っていたのに見事指摘されて、春輝は思わず謝った。演奏中はニコリともしない冬哉は、ハッキリ言って怖い。 そんなこんなで合奏を終えた春輝は、張り詰めた空気を吐き出すようにため息をついた。今日の合奏で不安要素は取り除けたから、あとは現地での細かな調整だけになる。 「おつかれ春輝っ。やっぱり春輝の音は色っぽいね」 笑ってこちらを向く冬哉は、いつもの人懐こい彼だ。この変わりようだよ、と春輝は苦笑する。 「ね、今日も夕飯一緒に食べよっ」 「え、良いけど……」 昨日みたいに四人で、と言われて春輝は戸惑いながらも頷く。貴之は喋らないだけで害は無いから良いか、と納得した。

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