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第2話「―はいいけど、キスはなぁ…」2

「―はいいけど、キスはなぁ…」2 [予約を入れる。本当にいいのか] [いいケド!?なんで???] [俺と飲みにいくのはイヤかと思った] [いやぢゃないけど、あんざきイヤなの???]  休憩時間にぽちぽちWINEを打った。お互い空いた日あるならいいやんけ。しかも独身予備軍(フリー)になったんだしさ。そりとも、オレに奢るの急にイヤになったとか?  それから暫くは返信なかった。寝ちゃったんかな。まだ寝るような時間じゃないけど、鴉岬(あんざき)は忙しいからね。出世街道まっしぐらでさ。出張中にわざわざオレとの約束守ろうとしてるんだから、すごいね。もしかして暇なんかな。まっさかーん。 [予約とれたぞ]  予約とれたらしくてオレはスタンプ押しといた。予約とるような店じゃないのにお堅いねぇ。  で、休憩中は休憩中だったんだけど、ぽちぽちスマヒョいじってたら、暇人かと思われて仕事増やされたし……  それから3日後、鴉岬が出張から帰ってきてみんなにお土産くれたし、それとは別にオレ個人にお土産くれた。斜め後ろの席から椅子がらがら引っ張ってきてオレのトコ来た。ちょっと砕けた態度がなんか意外だった。同僚にも堅い態度とってくるクセにさ。 「ありがてぇケド、賄賂みたいだな。別に言わないのに」  言わないならあ〜げない、とか言われたヤだからやっぱ言うんじゃなかった、とか思った。 「そういうんじゃない。PC届けてくれただろう。寄り道させて悪かったな」  ぐいって箱さらに突き出された。地方の名物のお菓子……興味、めちゃくちゃある! 「つまらない話も聞いてもらったからな」  鴉岬がそれ言ったらオレも受け取らんとなんか悪い気がした。だから受け取る。ちょっとだけなんか、鴉岬の雰囲気がほわっとした、気がした。 「あざっす。美味そうだから嬉しいわ」  鴉岬は、ふん、っていつもの態度(カンジ)だった。中腰で椅子引っ張りながら帰っていくのがちょっと鴉岬らしくなかったけどよかった。もう少しゆっくりすればいいのにすぐにまた仕事に戻っててすごいなって思った。オレなら出張先であったことをくっちゃべってどさくさに紛れてサボんのにな。 「楽しみにしてっかんね、オレ。焼き鳥屋」 「そうか」 「ぼんじりでしょ、皮でしょ、なんこつでしょ、レバーも()っときたいな」  もう鴉岬は返事もしなかった。点けたパソコンが起動してた。社畜め。早く上がればいいのに。 「鴉岬」 「なんだ」  鴉岬はパソコンから目を離さない。マウスがかちって鳴った。オレのほう見ない気だ。 「お疲れなんじゃないの。朝早かったでしょうに」 「いいや。新幹線の中で寝てきた」  やっぱりオレのほう見ない。 「ふぅん」 「心配してくれているのか」 「違うケド」  こういう冗談言えるようになったんだ、ってちょっと感心した。でもノってあげたらもう無視。 「遅寝早起きって聞いてるこっちが眠くなるんだもん」 「島莱(とうらい)にとっては毎日(いつも)のことなんじゃないのか」  報告書まとめるつもりみたいだった。真面目だ。オレやらないもん。口頭。あ、そっか。オレの仕事の内容と鴉岬の仕事の内容はそもそも重みが違うんだった。 「まぁね。だからもう眠いもん」  後ろでかっちゃかちゃキーボードが鳴った。だから黙っててあげた。それから数分くらいで鴉岬はパソコン消した。作業中にヴヴヴってスマヒョがいってたの見もしないで、カバンとジャケット持って帰っちゃった。出て行く時に約束のこと言っていって、神経質なんだか、時間外労働のつもりなんだか分からんかった。同僚だからって仲良くする必要はなくて、社食で一緒に食べるとか、まとまってコンビニ行くとかはあるけど、みんなで飲みに行ったりとかしないもんな。だって何喋るんだよ。上司とか後輩連れていったほうが奢ってもらえたり、よいしょされながら自分語りできて楽しいもんな。  課長がこのオレと鴉岬のやり取り聞いてたっぽくて、貸出PCのことで実は貸しがあるから、今日はもう帰っていいって言われたんだケド、飲み会は今日じゃないんだよな。でも定時で帰れるならいいや!って感じでオレも帰ることにした。何しよっかな、何食べよっかなって思いながら会社のエントランス出たら長ったらしい会社の玄関アプローチみたいなのがあるんだけど、そこの植え込みに鴉岬が座ってスマヒョぽちぽちしてた。画面の光が眼鏡を白くしてて、漫画のヤバい研究者みたいだった。バイバイしたし声掛けなくてもいいかな?いや、見ちまった以上は声掛ける? 「島莱(とうらい)」 「ほひん」  びっくりしちゃって変な声出た。鴉岬はスマヒョから顔を上げてオレを見てた。 「もう上がりか」 「そうそう」  課長に飲み会の日程間違われてることを話した。本当の日に早上がりできなくなるな〜なんて思ったケド、別に早上がりしなくても間に合う時間だからいいんだけどね。 「途中まで一緒に帰らないか」 「えっ」 「嫌か?」  ちょっと鴉岬が苦笑した。笑うと思わなかった。 「そうじゃなくて意外だった。群れるの嫌いそうだし」  と思ったんだケド、誰かとお付き合いする程度には人間嫌いってワケじゃないんだよな。  鴉岬はまたちょっと、なんか傷付いたみたいな笑い方した。なんだよ、なんか言えよ。 「帰ろうぜ」  鴉岬らしくなくてなんか怖い。一緒に帰るか提案してきたクセに一緒に帰ってくれない気がして手招きした。鴉岬は渋々ついてくる。なんか立場変わって、オレが一緒に帰る提案したみたいになった。 「なんかあったん?」 「いいや……何も……」 「ああ、そう」  なんも話すコトなかった。鴉岬、楽しいんかな?なんでオレのコト誘ったん。っていうかこんな調子で焼き鳥屋行くんかな?別にいいケド。喋るってより食いに行くんだし。コンビニ弁当よりはいいもの食べられるワケで。 「悪いな、島莱」 「へ?」  オレは焼き鳥屋楽しみで、何食べようかな、とかそんなコトばっか考えてたし、フライングして今日の晩飯焼き鳥弁当にしちゃおうかな?とか考えてた。 「一緒に帰ってもらったことだ」 「あ?へ?なんで?」  なんで謝ったのかマジで分からん。コミュ障?カレシいたクセに?いやでもカレシいてもコミュ障はコミュ障か。 「退勤後に職場の人間と帰りたくないだろう」 「まぁ、確かに。でも上司ならとにかく、同僚なんだしさ。いいんじゃね」  あーあ、鴉岬のやつそぉとぉ落ち込んでるじゃんってリアクションだった。人肌恋しくなっちゃった?甘えベタめ。 「どしたん?話聞こか?」  でも照れ臭いからオレ、チャチなナンパ師みたいな感じになった。 「いいや……!違う。ありがとう。ここまででいい。じゃあな。気を付けて」  オレのアパートの方面と、鴉岬のお菓子みたいな見た目のマンション、確かにここで分岐する。な〜にがレジデンス三住だ。レジデンスフロランタンだろ、しっかりしろ!  オレはちゃらちゃら〜ってアイドルの汗が星になるみたいに手を振った。でもこの選択が間違ってたかもなって思ったのは後日だった。うーん、自分の身かわいさ……なら合ってたかも。どっちなんだろ?(どっち)目線につくかで、間違ってるも間違ってないも合ってるも、ないのかもな、なんて、思考放棄(あまい)? 「どしたん、その有様(カオ)」  割と早めに出勤する堅物真面目な鴉岬と、遅刻でも遅刻ギリギリでもないけどまぁ、フツーくらいに出勤するオレ。デスクのとこでぼんやりしてるどっか見てる鴉岬の横顔には傷があった。おはようって言うのも忘れた。  鴉岬はオレを無視して、聞こえてなかったのかも知れないケド、もしかして職場いじめ、はじまってます? 「鴉岬?シカトか〜?鴉岬ぃ?」  で、鴉岬はオレを向く。なんだ、シカトこかれてたワケじゃないんじゃん。 「すまない。おはよう」 「おっは。階段から落ちたんかい?」  訊いてみれば、目を逸らされたよね。触れちゃいけなかった? 「……そうだが」 「意外とドジっ子なん?気を付けて」  肩にぽむ、って手を置いた。払い除けられるの待ちなのに、鴉岬はオレの手を叩いたりしなかった。オレが鴉岬のコト、冷淡で薄情な奴だと思い込み過ぎてるのかも分からんね。 「気を、付ける」 「で、ホントは?」  階段から落ちたら口の端打ったり、頬っぺた痣つくもんなん?普通は頭ぶつんじゃないの。いや、ワンチャン事実(マジ)で階段から落ちたってあるな。 「……いいだろ、別に、なんだって……」  鴉岬は下向いちゃって、睫毛がしっぱしぱだった。冬とか霜ついてそう。眼鏡のレンズ掃けそう。 「よくない」  なんか突き放されたので、急に、確かにどうでもいい!って思ったけど、なんかそれ、鴉岬の掌に踊らされて転がされてる感じがしてヤだ。 「詮索するな」  ちょっと声が弱かった。もっとヒステリックに、ぴゃっ!って怒られると思ったのに。 「鴉岬は、オレの仕事仲間なんだぞ?赦せねェよ!」  と、別に仕事仲間は仕事仲間だけど、プライベートのことまでは知らないねって思ってるのに言ってみた。昔観たヒーロードラマのセリフ、なんでか奇跡的に一言だけ覚えてて、この場面に合ってんぢゃね?って。 「と、島莱……」  で、鴉岬はオレを見上げた。顔が真っ赤になってて、いつもキリリッてしてた目が眼鏡の奥できゅるっきゅるだった。泣いてるの?オレのほうがドキッとしちゃった。そういうカオするんだって。鴉岬ってなんか、ちょっとだけ、いじめたらかわいいだろうなってところあるからな。いや、いじめられてるところ見たことないし、同僚以下(バカども)に何されても知ったこっちゃないってカンジだけど…… 「ありがとう」 「えっ?いや、別に……」 「でも本当に、転んだだけなんだ。今は、そう思っていてほしい」  じゃあ嘘ってコトじゃん。 「いつ?いつ転んだの。どこで?」  まぁた詮索するな、って言われちまうね?  鴉岬はなんかちょろちょろあっち見てこっち見て、やっとオレを見る。なんだこいつ。 「島莱」 「あ、分かった」  そのときに鴉岬はめっちゃビクッてして、ははん、さては鴉岬、めちゃくちゃ分かりやすいな? 「寝不足で、階段から足踏み外した?」  そしたら安心したカオしてさ。あれれ、鴉岬ってこんな分かりやすいやつだっけ? 「そうだ」 「ふぅん」  人と喋るときは目を見ろ、ってお堅い鴉岬は言いそうなのに、オレのこと見ない。なんで昨日、一緒に帰ろうなんて言い出したのか、多分答えはそこにあるのよ。 「ねぇ、鴉岬」  そんな気はなかったんだよ。ただちょっと周りがうるさくなってきたから、聞こえるかな?って思ってちょっと屈んだんだ。そしたら鴉岬はオレが臭くて汚いみたいに、すって身体を引いた。臭いんかな? 「なんだよ。オレ臭い?」  臭くないだろ、オレ。くんくん嗅いだよ。たまには自分が臭いと思うときあるからね。汗かいたときとか。でもフツーに、香水の匂い。貰いもの。 「べ、つに……驚いた、だけだ」 _それとも、鴉岬が臭いとか!犬グソ踏んじゃったみたいな?嗅いだろ。 「な、なんだ。なんなんだ、一体!」  ふんすふんすしてたらドン引きされた。いい匂いだった。香水だけじゃないね。鴉岬はいつも石鹸の匂いする。と、なんか、むわわんって、バニラの匂いが混ざってた。 「鴉岬、バニラアイス食べたん?」  甘いの好きなんかな。通勤前にバニラアイス食べてる鴉岬が想像できなかった。いや、する。なんだかシュールな感じだ。 「なっ、……っ」 「バニラの匂いする」  オレはまたすんすんした。なんだよ、オレにもバニラアイス食わせろよ。ってか誘えよ。オレも帰り、バニラアイス食べよ。でっかいやつ買って帰ったら、毎日シアワセなんぢゃね?は?天才なんだが。 「離れろ!セクハラだぞ」  鴉岬がオレの肩を押した。嫌がってるとはいえ、オレのこと触るとは思わなくてちょっとびっくり。 「ごめん」  セ、セクハラ?確かに……  オレは気付いちゃった。 「……香水だ」 「へ?」 「バニラの匂いだろう?香水だ。アイスじゃない」  なんか、ざわざわってした。心臓にまで腕突っ込まれて、はたきでぽんぽんされてるみたいな、なんかぞわぞわした感じ。鴉岬は、石鹸の匂いじゃなきゃヤだった。鴉岬は石鹸の匂いであるべきなの! 「いつもと匂い違うね」 _どうやって、似合ってないよ、って伝えるか迷う。直で言う?でもさすがに酷いだろ、それは。鴉岬が気に入ってたら悪いしな〜。 _そのときのオレは、完全に"察してちゃん"だった。 「変か?」 「……う〜ん。うん」 「そうか」  ちょっと、鴉岬はしゅんとした。なんか言わなきゃダメかも。泣かせちゃうかも? 「いつもの石鹸みたいな匂いのほうがいいなって」 「石鹸?俺はいつもは香水なんかつけてないぞ」  失言だったかも。だって鴉岬はめっちゃ眉毛が吊り上がった。 「えっ!」 「……というか、島莱…………犬みたいだな」  激おこじゃん。怖。やばば。鴉岬のやつ、もうオレのほう向いてくれなくなっちゃった。 「お、怒るなよ、鴉岬!悪かったって……鴉岬ぃ」  オレは両手すりすりした。思いっきりかわいこぶる。オレかわいいってよく言われるもん。柴犬みたいだって。大丈夫、オレはかわいい。鴉岬にも伝わるはず、オレの、かわいさは。 「この匂いは今日だけだ」  めっちゃ意味深じゃん。オレはどう掘り下げようか、掘り下げていいものか、なんて言っていいか分からなかった。 「慣れないことをするもんじゃないな」  自分の匂いを嗅いでそう言った鴉岬はなんか寂しそうで、多分それはオレが要らんことを言ったからだと思うんだけど、なんか、急に放っておけなくなっちゃった。 「今日の夜、時間あったらさ、ちょっと飲まない?」  まだ鴉岬に焼き鳥奢られてないけど、それはお店じゃん? 「今度飲むんじゃないのか」 「宅飲み〜。オレん()散らかってるからムリだけど」  渋いカオされた。それはそう。宅飲み誘っておいてオレん家はムリって、もう会場どこだか決まってるようなもんじゃん。 「分かった」 「よっしゃ!じゃあ費用はオレが持つから、一緒に帰ろうな」 「………」  鴉岬は、なんか意味ありげに黙っちゃって、それでちょっとムッとしてる。なんだよ、鴉岬。嫌なのかよ。 「鴉岬?」 「……分かった。でも、俺の部屋も汚いから、あんまり期待するな」  絶対謙遜だね。鴉岬はデスク周りも一番綺麗だもん。いっつも手ばっか洗ってるし、ごちゃごちゃしてても綺麗だとは思うね。ハンカチ持ってるし。便所のあとちゃんと手洗ってるし。腋とかも臭くなさそう。鴉岬って女みたい。男の臭くて汚くて脂っぽいところあんまりないもんな。食べ物でいうと、かけ蕎麦だと思う。冷奴!野菜でいったらきゅうりなんじゃないかな。鴉岬って、――  何話してんだぁって興味示してきたのは、オレ等と同期の音鳥(おととり)。鴉岬が月なら、そいつは太陽……蜃気楼?めちゃくちゃお坊っちゃんって噂で、頭いいけどお遊びもそこそこってところで有名な私大の出。勤務態度からいっても、水と油だと思ぉ! 「鴉岬がいい匂いするって話~」  鴉岬に興味ないでしょ。まったく、キザなエンターテイナーは何にでも一枚噛みたがるし、煙が立ち上ってたら野次馬もする。自分がいるのに場がシラけてるのは赦せない、だなんて、ある意味では気ぃ遣いだと思うけど、何も苦手な鴉岬とオレが盛り上がってるところにまで首突っ込まなくても、誰も薄情な奴だ~なんて思わないのに。それともオレ等、合コンで置いていかれてる系放っておかれ女子に見えてる? 「やめろ!」  鴉岬が小声で怒って、オレはきゃっきゃした。  オレ等の同僚、合コンのセッティングに関しては職場一、モテるのにまだ遊ぶ気な高学歴色男は、オレの予想どおり「ふぅん」って言ってスルーするはずだったんだ。なのにわっしわっしこっち来て、背が高いくせき腰曲げて鴉岬の首の後ろに鼻近付けてて、キモかった。で、「たしかに」とか言ったから、マジで鴉岬って女の子なんかな?って思ったね。オレだけ鴉岬が男に見える魔法かけられてて。だから実は鴉岬は女の子、で?別れたヤツは男。つまりありがちな、異性二人組(カッポー)? 「よせ」  鴉岬がめちゃくちゃ嫌がったの、なんかちょっと急に嬉しくなった。オレには嗅がせてくれたんだよ?無理矢理嗅いだんだけどさ。鴉岬はオレにだけ懐いてる飼猫風の綺麗な野良猫なので……  飲み会にも行く仲なんだぜっ。今日は宅飲みするんだ。言わないけど。  鴉岬に拒否られてインテリプレイボーイは行っちゃった。バニラの匂い、オレだけが嗅ぐんだもんね。訳アリの、今日だけのにほひ。 「どういうつもりなんだ、島莱」 「困るん?」  そしたら鴉岬はオレからやっぱり目を逸らす。何よ! 「……こま、る」 「なんで?」  なんとなく分かってるけど言わせたかったし、鴉岬のコト、軽く困らせたい。ちょっと怒られたい。 「…………」  鴉岬はなかなか答えてくれない。まだオレ等、そこまで打ち解けてないんだよな。それはそうか。別に鴉岬だって、自分で選んでオレに話したワケじゃない。成り行きなんだもんな。  そしたらなんか、ゾワってした。怖い映画とか、めっちゃキモいエピソード聞いたときみたいなやつじゃなくて……じゃりじゃりしたもので、胸の中に手を突っ込まれて、じゃりじゃりされながら撫でられる感じ。 「飲むんだろう?今日……俺の家で」 「うん」 「そのときに話す。職場でする話じゃない」 「分かった」  そうこなくっちゃ!って指鳴らしたら、鴉岬はなんかオレのこと、わんちゃんがきょろろって目の白いところ見せて上目遣いするときみたいに見上げてきた。なんだよ。 「ん?」 「聞き分けがいいな」 「オレゎ素直ないい子なんでね」  鴉岬はちょっとだけ固まってオレを見てて、なんだか変だ。鴉岬じゃないみたいだ。 「そうか」  おい、構えよ。構えよ、鴉岬。 「帰り、待ってるからね」 「分かった」  オレは仕事を頑張る。残業しない。何飲もうかな。何食べよっかな。何話そうかな〜って、仕事手抜いたわけじゃないし、別に仕事真面目にやる気もないけど、鴉岬との宅飲みのこと考えてた。今日やることはちゃんとやった。明日やることは、今日やらない。鴉岬は多分、やる。  椅子ころころ転がして、通路塞いで鴉岬のデスクに行った。 「ロビーで待ってるね」  今日限定のバニラの匂いを嗅いでおきたかった。鼻寄せたら、ふわん、ってした。耳元で小さく言っただけなのに、鴉岬はドキィってびっくりして椅子引かれちゃった。耳押さえてるから、まるでオレが耳元で大きな声出したみたいじゃん。被害妄想だ。 「島莱!」 「ロビーで待ってるからね」  多分話聞いてない。オレは大事なことなので2回言った。聞いてる? 「分かった」  分かったならよろしい。オレはタイムカード切って、会社のビルのエントランスで待ってた。スマホ確認したら、WINE入ってて、あ……って感じ。20分くらい前。 『謝花(じゃはな)くん 今日は来られますか』  あ……あ〜、ああああ〜 『今日仕事仲間と遊ぶのでリームー』  友達以上恋人未満またはセフレと等しくない。そういう事情(カンケー)って、誰にでもある(ワケ)で。 『分かりました。空いている日があったら教えてください』  すぐに既読スタンプついて、ぎゅって胸が痛くなった。 『うん』  うさちゃんスタンプ。白とピンクでふわふわのやつ。オレはあの人の前では、かわいくなきゃいけないから。 『では、またあとで』 『夜になったらWINE入れとく』  ぽちぽちっとな。なんだか指が重い感じだ。 『ありがとうございます』  お堅いな。まだ若いのに。なんだかこの時代についていけてないのに、無理矢理についてきたみたいな。 「島莱」  オレの前がちょっと暗くなったと思って、見上げたら鴉岬がいた。 「おつおつお疲れ」 「ああ。行こうか」  スマホをポッケにしまって鴉岬と帰る。 「待たせたか」 「ううん。WINE来てたから返した」  別にそんなこと、鴉岬に言うことじゃなくない?でも嘘でもない。特別に意識なんかしてなきゃ、深い意味なんてないんだよ。ありのままを答えただけ。待ってないよ、やることあったし暇じゃなかったんだよ、気にしないで、の置き換え。そう言うよりも、伝わりやすくて分かりやすくて、意味なんかなさそうでしょ? 「それならよかった」 「今どき逆に暇なときなんかないっすよぉん。次から次へと情報が入ってきて……」  鴉岬は鼻で笑うかなって思ったのに、意外にも同意してくれたので、意外でしたまる。

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