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21 話

「毎度のことながらすみませんでした。手伝ってくれてありがとうございました」 「ほんとだよ。さっさと片付けて帰りましょう」  職員室はもう僕らだけになっていて、更に何か言いたげな梅北先生に気がつかないふりをして、僕は鞄を手に取りいそいそと廊下に出る。最近は二人になることがなかったから、彼女が今何を言いたいのかなんとなくわかってしまい僕は慌てて「断りの理由」を考えた。 「ねえ、渡瀬先生。ご飯でも食べていきません? 今日のお礼に私が奢りますよ」  明るく「お腹すいちゃった」と笑う彼女に、ああやっぱり誘われてしまった、とため息が出る。誘われること自体別に嫌ではないのだけれど、前回のことがあったからなんとなく揶揄われているような感じがして気持ち構えてしまうんだ。 「あ、いや、そんな理由で奢ってもらうわけにはいかないし……」 「そんな理由って、私ってば毎回渡瀬先生に頼りっぱなしで申し訳ないなって思ってるんですよ? いいじゃないですか、可愛い後輩がこう言ってるんですから、ね?」 「自分で可愛いって。毎回頼りっぱなしって自覚あるなら、もう少ししっかりしてください」 「ひゃっ、怒られちゃった〜」 「ねえ? ふざけてるでしょ」  最悪「約束があるから」と理由をつけて断ろうと思っていたけど、「近くに美味しいラーメン屋が出来たんですよ」なんて言うから、ラーメンくらいなら食べたらすぐ帰れるな、と思い直して一緒に行くことにした。遅くなったとはいえまだ今日は早い方だ。  梅北先生のあとをついて駅方面に向かって歩いていると、仕事終わりのサラリーマンや塾帰りの子どもたちとすれ違う。そういえば康介から「今週ジムに行けそうな日があったら連絡して」と言われていたのに、結局今日も連絡できずに週も半ば。このくらいの時間なら行けないこともなかったな、と申し訳なく思いつつ、それでも都合がつかないのを理由に少しずつやる気も失せてきてしまっているのも事実だった。仕事の後はやっぱり疲れているから早く帰りたいのが本音。でも帰ったら康介に連絡してみようかな、と歩きながらぼんやり考えていると、いつの間にか横を歩いていた梅北先生に肩をポンと叩かれ我にかえった。 「聞いてます?」 「あ、なに? ごめん」  ぼんやりして聞いてなかったのもあるけど、周りの騒がしさもありよく聞こえなかった。どこにいても通るようなハキハキとした喋り方の梅北先生にしては声が小さい。不思議に思い顔を覗くと、急に真面目な顔をしているからドキッとした。 「私、渡瀬先生に聞きたいことがあって……」 「え?」  聞きたいこととはなんだろう。悩み事とかだろうか? 「どうしても渡瀬先生にお話したくて……」  心なしか歩みが遅くなり、難しい顔をしている彼女を見て深刻さが伺えた。  これから腹ごなしに美味しいラーメン屋に行くんだよね? あれ? そんな顔してラーメンって大丈夫なのかな? 急に様子のおかしくなってしまった彼女にちょっと戸惑う。 「それ、ラーメン屋で話せるような感じのことかな?」 「あ……えっと、あんま周りに聞かれない方が……いいかな?」 「そか。じゃあ場所変えようか」  聞いてもらいたいことがあるんだったら初めからそう言ってくれれば良いのに、なんでこんなタイミングで? いや初めからあんな深刻な顔をされてもちょっと困るけどさ。とりあえず恋愛絡みの話ではなさそうなのは雰囲気でわかるから、そこのところは安心した。 「……なんかすみません」 「うんいいよ、別に」  梅北先生はきっと僕が一番歳も近くて話し易いから色々と頼ってくるのだろう。若手の女性教員も何人もいるし、定期的にその先生方が「女子会」的な集まりをしているのも知っている。そういう会にだって梅北先生も顔を出しているだろうし、相談事があるのなら僕じゃなくて女性の先生にすれば良いのに。それに僕だって梅北先生より一年しか違わないのだから、適切なアドバイスもできるとは到底思えない。明らかな人選ミスだ。まさかもう教師を辞めたいとかそんな話じゃないだろうな。そんな大事な相談を僕なんかにされてもどうしたらいいのか言葉に詰まるのが目に見えている。 「ねえ、その話って僕じゃないとダメなのかな?」  彼女の「話」がなんなのか、僕で解決できることなのか疑問に思い、この状況から逃げたい気持ちが滲み出る。 「はい、渡瀬先生じゃないと」 「そっか……」  ですよね……と思いつつ梅北先生の話が深刻な悩み事じゃなければいいと心底願った。

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