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25 頼りになる男?
既読がついてからの僕の返信が遅かったせいか、周さんから着信が入ってしまった。梅北先生に「ちょっと待ってて」とジェスチャーで伝え、道の端に寄って電話に出た。
「もしもし──」
「竜太? 今日早く終わったからそっち行けるんだけどさ、何か買ってく? 必要なもんある?」
「あ……お疲れ様です。買い物はまだ大丈夫です、ありがとうございます」
「あ? 何? 今家じゃねえの? 外?」
周りのざわつきに気がついたのか、周さんの声のトーンが少しだけ低くなる。でも心配しなくても僕もすぐに帰るつもりだから、周さんからの連絡は嬉しかった。
「はい。ちょっと同僚と呑んでて。あ、僕はノンアルコールですけどね。もう帰るところですよ」
少し離れたところで待っている梅北先生をチラッと見る。
周さんは合鍵を持っているから、僕の方が遅くても大丈夫だ。梅北先生の家は確かここから一駅のところだし、今日は電車じゃなくてタクシーで帰らせたい。あんな話を聞いてしまったらどうしても心配が勝り、一人で帰すわけにいかなかった。
「今どこ?」
「え?」
「どこにいるんだ? 迎えにいく」
「いや、家から近いし大丈夫ですよ。あ……あぁ、うん……」
「どうした?」
「いえ、なんでもないです」
思わず「周さん」と口にしそうになり、慌てて誤魔化す。今しがた周さん達の話をしていたというのに、ここで「周さん」なんて言おうものなら、それを聞いた梅北先生はすぐに気がついてしまうだろう。別に隠す必要もないのだけれど、ややこしくなりそうだし面倒だと思ってしまった僕は、周さんに先に部屋に行っててもらうように促した。梅北先生は、僕がまだ通話中なのに「じゃあ私はこれで」なんて言いながら行こうとするから、僕は「ちょっと待って」と彼女の腕を取り引きとめる。電話口では「誰かいんのか?」と怪訝そうな口ぶりの周さんの声。とりあえず「僕もすぐに帰りますから」と周さんに伝えると通話を終了した。約束もなしにこうやって突然来てくれるのはいつものことだけど、毎回僕は嬉しく思う。梅北先生を駅まで送り、僕も早く家に帰って周さんに甘えたかった。
「駅まで一緒に行きますよ。タクシー乗り場もありますし」
「え? なんでタクシー? いや、ここでいいですよ。渡瀬先生」
「ダメです。一駅分くらいタクシーで帰ってください」
お金がもったいないだの心配性だのブツブツ言いながらも、梅北先生は機嫌良く僕と一緒に駅まで歩く。歩きながら今日はあとをつけられていないかそっと聞くと、少しキョロキョロしながら「うん、いないと思う」と笑った。なんでこんなにも無防備でいられるのだろう。危機管理の意識がなさすぎて本当に心配。
「そんなに心配なら、うちまで送ってくださるのかしら?」
酔っているのか、梅北先生はわざとらしくそう言うと少し体を寄せて僕の腕をとった。
「あのねぇ。冗談言ってる場合じゃないです。本当に危ないですよ? 今みたいに誰かと一緒ならいいけど、何かあってからじゃ遅いんです。もう少し身の危険を真剣に考えてください」
「はぁーい。でも、実際危害を加えられたわけじゃないし……どうしたらいいんでしょうかね?」
「まあそうだよね。でも今度つけられてるってわかったらそのまま交番に駆け込んでみたら?」
「相談には乗ってくれるかな?」
「何もしないよりかはいいと思うよ」
そんな話をしながら、梅北先生は「渡瀬先生、さすが頼りになる」と僕に笑顔を向ける。そんなふうに頼られても、残念ながら僕なんていざという時なんの力にもなれないと思う。
「僕みたいな非力な男はなんの役にも立ちませんから期待しないでください」
それこそ周さん達みたいに強かったり、康介のように鍛えていたなら少しは力になれそうだけど……
「ううん、こうやって心配してくれるのが凄く嬉しいです」
僕の腕をとったままの彼女が、更に体を寄せて上目遣いで僕を見る。普段から距離感が近いのもあり慣れてしまっていたけど、今頃になって密着している彼女に気がつき、ギョッとして体を離した。
「ちょっと? 腕、組まないでください。何やってんですか」
「いいじゃないですか別に。減るもんじゃなし……あ、照れてます?」
「照れてない!」
そんな僕と梅北先生のやりとりを、少し離れている場所でじっと見ている人物がいたことに僕らはこの時には全く気がついていなかった。
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