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27 二人の時間

 周さんと僕に挟まれ歩く梅北先生は、別人のように静かになってしまった。威圧感の凄い周さんを前にして萎縮してしまってるのかと心配したけど、申し訳なさそうに僕の顔をチラチラと見る彼女が小さな声で「アマネかっこよすぎ……」と呟いているのを聞いて、いつも通りだと安心した。  駅周辺は人通りも多く、タクシー乗り場には疎らながら数人が列になっているのが見える。まだこれだけ人もいれば少しは安心。「この辺で大丈夫です」と足を止めた梅北先生は、僕と周さんを交互に見てからペコリと小さく頭を下げた。 「ほんと、ありがとうございます。送ってくださって…… 」 「気をつけろよ? 人通りの少ないとことか」  背の高い周さんは、いつも僕にするように前屈みになり目線を合わせて優しく話しかける。近距離で話しかけられた梅北先生は、目をぱちくりさせて声なんだか息なんだかわからない変な音を発した。 「ほわっ……ひゃぁ、や、優しい……嬉しい……」 「大丈夫か?」 「……ふぁい」  無口で無愛想なイメージの周さんにそんな風に心配されたら、ファンじゃなくてもきっとドキッとするだろう。それにしたって緊張しすぎにも思えるけど。あたふたしながらタクシー乗り場の列に向かった梅北先生を見送り、僕らも家路についた── 「周さん、連絡くれてありがとうございます。久しぶりだから会えて嬉しいです」 「おう……」  家に着いても周さんは口数が少ない。不機嫌そうに見えなくもないけど、僕はお風呂の準備をしながら周さんに夕飯は済ませたか聞いてみた。 「ん、まだ食ってないけど、別にいらね。腹減ってないから大丈夫だ」 「そうですか。周さん、体調悪い? 食欲なくなってません? 大丈夫?」  周さんは僕が気にしていないと食事を取らないことがよくあるから、すぐに心配になってしまう。バンドが広く知れ渡り人気も出てきて、ライブ活動だって学生の頃と比べてぐんと増えた。趣味でなく仕事として活動する中でたくさんの人とも関わりができる。きっと僕には窺い知れないようなストレスなども多く溜まってしまうのだろう。周さんと付き合い始めた高校生の頃から、好き嫌いの多さや偏食気味だったのが気になっていたけど、ここのところそれが酷くなってしまっているような気がした。  学生の頃はお互い思ったことや感じたことを素直に表に出せていたと思う。けれど仕事に忙しくなったり二人でゆっくり会える時間が少なくなってしまってからは、自身の不調や思うところなど心に留めてしまうことが多くなった。これは相手に心配をかけさせまいとする思いからなのは僕だってわかっている。相手を思いやってのこういった行動はお互い様。だけどやっぱり心配には変わりないから余計なお世話をやいてしまうんだ。 「あ……僕ちょっと小腹がすいてるから……何か作ろうかな」  冷蔵庫を確認しながら周さんの表情を盗み見る。何かさっと出来るもの、と考えたのは親子丼。冷凍庫にストックしてある鶏肉はレンジで解凍し、ご飯もレトルトがあるからすぐにできる。台所に立っていると背後から周さんが抱きついてきて「なに作んの?」と顔を寄せるから、「親子丼、一緒に食べましょ」とその頬にキスをした。周さんは食べるとも食べないとも言ってないけど、きっと完成すれば食べてくれると思うから、僕はそのまま調理を続けた。  今日の周さんは元気がない。不機嫌ともちょっと違う。何かあったのかな? 疲れてるのかな? と考えながら、僕から離れない周さんと一緒に親子丼を完成させる。テーブルに並んだ頃には「美味そうだ」と周さんはいつもの笑顔を見せてくれた。

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