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31 今の俺は……

 洗い物をしている竜太を背後から抱きしめる。俺の両腕にすっぽり入ってしまう竜太は、俺を気にする風でもなくそのまま洗い物を続けていた。 「なあ? 竜太? 片付け終わりそ?」  俺の熱が伝わったのか、みるみる竜太の頸が赤く火照っていくのがわかる。触れるたびに僅かに震える竜太の正直な体に、俺の淫らな欲は増していく。ゆっくりと振り返った竜太の表情も面白いくらいにわかりやすい。堪らなくなった俺は何かを発しようとして半開きになった竜太の口を塞いだ──  俺の可愛い恋人は、控えめなくせに己の欲には忠実だ。「竜太のエッチ」と言えば「誰のせいだ」と笑うけど、断じて俺のせいだけじゃないと思う。可愛いな、と思うと同時に、たまに見せる「男の顔」にドキリとさせられることもたくさんある。こんな顔はきっと俺の前でだけ。そんな竜太でも身体を重ね俺の愛撫でぐずぐずに蕩けていくのを感じていると、長く俺の中で膨れ上がっていった独占欲や庇護欲のようなドロドロしたものがスッと浄化されていくように感じた。  不規則な生活をしている俺と昼間の仕事をしている竜太とでは、なかなか同じ時間を過ごせない。だからなるべくあいた時間には竜太と会うようにしていた。先日のようにとくに約束もなく突然会うことなんてざらで、今日のこの日もいつも通りのはずだった。  この時間ならきっともう家に帰っているだろう。そうとわかっていたけど念のため「今どこ?」と俺は歩きながらメッセージを入れる。竜太の家に着く前に、よく行くスーパーもコンビニもあるから何か必要なものがあれば買っていってやろうと返信を待った。いつもならこの時間のメッセージにはすぐに返信をしてくれるのに、この日に限って既読は付くもののなかなか返信がこなかった。 「竜太? 今日早く終わったからそっち行けるんだけどさ、何か買ってく? 必要なもんある?」  すぐに返信が来ないのが珍しいな、と思いながら、俺は竜太に電話を入れる。少し慌てているようにも聞こえる電話の向こうの声に言い知れぬ不安がよぎった。 「あ……お疲れ様です。買い物はまだ大丈夫です、ありがとうございます」  竜太の声と一緒に聞こえてくる僅かな喧騒。外にいるのかと聞けば、同僚と呑んでいたと軽く答えた。  康介や修斗、俺の知った顔ならそう言うはず。同僚ということはきっと俺の知らない奴だ。当たり前っちゃ当たり前なんだけど、竜太にも俺の把握していない友人なんかもいるだろう。こんな些細な当たり前のことでも、ちりちりと胸の奥に不快感のようなものが湧いてしまう。自分のことを棚に上げ、共有できない竜太の交友関係にこんな燻んだ感情を持ってしまう俺は小さい男なのだと痛感する。竜太の言葉を借りるなら「自分で思っている以上に寂しがり」で、嫉妬深い情けない男……それが今の俺だった。

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