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37 すれ違う

「いや、そうじゃない。なんて言ったらいいかわかんないんだけどさ……」  そう言って語り始めた周さんの言葉に、僕は一瞬理解が追いつかず唖然とする。 「俺が竜太の「これから先」を色々狭めちまってるんじゃないかなって。ほら、親父さんたちにも言えないような関係にさせちまってんのは──」 「ちょっ、ちょっと待ってください、そんなの今更ですって。どうしちゃったんですか? 僕は今のままで満足だし、そんなふうに言ってもらいたくないです」  最初は可愛いやきもちを妬かれてしまったのかと少し嬉しくもあったけど、根本的なところはきっと違う。付き合いが長くなるにつれ、僕にとっては当たり前な二人の生活が、周さんにとっては少しずつ思うところが増えていたのかもしれない。公にしづらい僕らの関係だって今更なのに、こんなふうに周さんが気にしてしまうのは、もしかしたら周さんの方が僕から距離をおきたくなってしまったのかも……と、どうにも嫌な方へ考えがいってしまった。  確かに僕なんかと違って、周さんはインディーズとはいえ知った人から見れば有名人でもある。他のメンバーはプライベートなことも発信していたりするけど、周さんはそうではない。kany-dropsのギタリストとしての「アマネ」はどちらかといえば無口でクールなキャラだと位置付けられている。ただ単に周さんはファンサービスが苦手で面倒臭いという理由で無愛想になってしまうだけなのだけど、そんなことを知らない人からはミステリアスでかっこいいと人気だ。  そんな周さんに恋人がいて、おまけにそれが同性の恋人だなんて知れ渡ってしまったら、僕はどうしたらいいのだろう。今までそんなことを考えたこともなかったけど、普通ならこういう考えに至るべきなのでは、と今更ながら自分の鈍感さを悔いた。  僕は周さんと付き合い始めて、ずっと一緒に年を重ねていくものだと信じて疑わなかった。でも、もしかしたら今の周さんはそう思ってはいないのかもしれない。周さんが僕から離れていく未来……そう考えたら怖くなった。 「あ、もうこんな時間だ……僕、明日も仕事あるし、先寝ますね」 「ああ。ごめんな、俺も寝るわ」  これ以上周さんの気持ちを聞いているのが辛くて、話を遮るようにして僕は目を閉じる。周さんはいつもと同じように僕の額にキスをして「おやすみ」と抱きしめてくれた。  周さんに限ってそんなことはない。そうわかっているのに一度不安に思ってしまったらもうその考えが頭から離れなかった。  翌朝、周さんより先に目が覚める。起こさないよう、そっとベッドから抜け出ると洗面所に向かった。 「なんかよく眠れなかったな……」  鏡に映る自分の顔。少しだけ瞼が腫れているのを見て悲しくなる。自然と溢れる長い溜め息にじわりと滲むやり場のない感情を紛れ込ませる。冷たい水で顔を洗い無理やり気持ちを引き締め、仕事に向かう準備を始めた──  いつまでもクヨクヨと考えていてもしょうがない。  学校にいる間はそんなことを考えている余裕もなく、忙しなく時間が過ぎていく。それでも勤務が終わればまた不安な気持ちが顔を出した。帰りしなスマートフォンの画面に目を落とすと、一件のメッセージが入っていることに気がつきハッとする。 「あ、そっか……前に言ってたもんね。すっかり忘れてたや」  そこに入っていた短いメッセージは周さんからだった。僕が用意しておいた朝食兼昼食のお礼と、またしばらく会えなくなるからごめんな、という内容。こんななんでもないメッセージのやり取りだっていつものことなのに、こんなに胸がざわついてしまうのはなぜだろう。ジワジワと胸の奥に広がっていく負の感情。とてもじゃないけど一人で家路につく気になれず、僕はそのまま画面を開き新規のメッセージを打ち込んだ。  急なんだけど、今日これから会えるかな?──

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