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42 セクハラおじさんと嘘つき

「あぁ、流石に胸は無いか……柔らかさは女の子には負けるな」 「そりゃそうでしょうよ。もう離れて、セクハラ嫌だ」 「はいはい、ごめんね」  セクハラおじさんと化した実邦さんに弄られながらも楽しくて、僕も結構調子にのってしまいお酒がすすんでいた。「ごめんごめん」とケタケタと笑いながら実邦さんは僕から離れ、ドリンクの追加オーダーを入れる。もちろん僕の分も一緒にだ。康介は不愉快そうな顔を見せ、僕が飲もうとしていたグラスに手を伸ばすと、少し乱暴にそれを奪った。 「竜も飲み過ぎ。これは俺が飲むから……って、うわっ、何これ? 甘いな」 「康介君は竜太君のこととなるとお兄さんみたいになるね。仲良すぎ」  弱いくせに、と僕を見て文句を言っている康介の隣で一樹さんは嬉しそうにニコニコしている。僕のかわりにどんどんグラスを空けてくれるけど、言うほど僕は酔ってはいない。逆に康介の方がかなり酔っ払ってしまっているのか、隣に座る一樹さんにもたれながら「竜はもうウーロン茶な」と実邦さんと僕に念を押す。僕には飲み過ぎだと怒るくせに結局は康介の方が飲みすぎてしまい、いつも介抱するのは僕の役目になるんだ。   「一樹さん、すみません。康介が……」  一樹さんに寄りかかり、すっかり体を預けてしまっている康介はもう半分夢心地。 「あ、いいよー。全然気にしないで。俺が呑ませちゃったのもあるし。あ! でもこんなにしちゃって彼女さんに怒られちゃうかな?」 「…………」  一樹さんの「彼女」という言葉に反応したのか、康介がばっと顔を上げた。僕と一樹さんを交互に見て。「そんなのいないから」とポツリと呟く。そしてそのままテーブルに突っ伏してしまった。  康介は以前僕に言っていたことがある。  修斗さんとは恋人同士で付き合ってはいるけれど、それを知っているのは身近な信用できる友人たちだけでいい。同棲しているのだってあくまでも先輩後輩の間柄でのルームシェア。それなら万が一、世間に妙な噂が立ってしまっても仲のいい「友人」なのだと誤魔化せるから。有名人になってしまった修斗さんの迷惑にはなりたくないからそうしてるんだと。だから今の会話だって「そんなのいない」と返事をしたんだ。あんなに酔っ払っているのに、そこは当たり前のように嘘を吐く。修斗さんの人気を目の当たりにするたびに「俺の恋人なのに」と悔しがり寂しそうな顔をするくせに、大好きな修斗さんのためにおくびにも出さずそんなことを言ってしまう康介を見て、僕は少し複雑な気持ちになった。

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