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51 騒動その後

 一樹さんが康介を所謂「お持ち帰り」した日から数日後、僕はその康介と一緒にいつもの飲み屋に来ていた── 「ほんとに大丈夫だったの? 変なことされてない?」 「しつこいな……大丈夫だって。俺そんなに酔ってなかったし」 「はぁ? めちゃくちゃ酔っ払ってたくせに何言ってんのさ」 「それは竜だって同じだろ」  いつもなら僕の方が康介に心配されてああだこうだ言われるのに、今回ばかりは逆だ。  あの後、実邦さんと駅に向かいながら聞いた話。一樹さんがずっと康介のことを狙っていたという話を思い返す。 「誤解してほしくないけど、わざと飲ませてたわけじゃないからね? それはわかるよね?」  そう言っていた実邦さん。もちろんあの時の状況は康介自ら酒を呷っていたから無理矢理じゃない。場の雰囲気が楽しくて飲み過ぎてしまった僕を心配して康介はいつも以上に飲んでいたんだ。 「一樹だってそこまでクソじゃないよ。無理やりってことはないと思うし、でもまあお互いいい大人なんだし?」  いい大人でもなんでも、こうなってしまったのは僕のせいだった。 「俺には理解できないけどさ、一樹は康介君がジムに通うようになってすぐ気になってたみたいだよ。いつも会えば康介君の話ばっかしてたし。可愛いんだってさ。もううるせえの。だから飲みに誘っても断られてばかりだった康介君とやっと飲みに行けてあいつ、相当嬉しかったんだと思うよ」  一樹さんが康介のことをそういうふうに見ていたのは僕も全く気が付かなかった。きっと康介だって夢にも思ってなかっただろう。僕自身経験があるからわかる、思いもよらない人からの強引なアプローチの怖さ。男同士だからという立場から乱暴になる人だっている。まあ僕と違って康介は力もあるし、いざという時は自力でなんとかなるのだろうけど── 「修斗さんのことだって言ってないんだろ?」 「あ? 当たり前だろ。でも好きだって告白されたから、ちゃんと俺には好きな人がいるから無理だって伝えたよ。竜が心配するようなことはないから。大丈夫だから」 「……本当に?」  僕は何年康介と一緒にいると思ってるんだ。康介の顔つきを見れば何かを誤魔化してるって一目瞭然だった。でも言いたくないのなら無理に聞くこともないんだけど、それでもこうなってしまったのは僕のせいでもあるから、なにか力になれることがあるなら相談してほしいというのが本音だった。 「まあ、付き合わなくてもいいから一回だけでもやらせろ、なんて迫られたのは認めるけどさ、それ以上の事はねえよ」 「え……嘘……えっ?」 「だから! やられてないからね? むしろ怒った修斗さんに……」  急に口籠る康介に僕は不思議に思い顔を覗き込む。 「修斗さん?」 「あっ、いや、なんでもねえ。修斗さんにはしこたま怒られたから、まあそんなところだ」  帰り道中、偶然にも修斗さんとばったり会ったと康介は言った。その時一樹さんも一緒にいたらしいから、修斗さんは面白くなかったのだろう。修斗さんは鋭いから、きっと一樹さんの康介への気持ちに気がついてしまったんだと思う。 「ふうん。それにしても、一樹さんが康介のことそういう目で見てたなんてちっとも気がつかなかったね」 「ほんとだよ。参った。修斗さんも怖えし」  康介の様子を見てそれほど深刻ではないとはわかったから僕は少し安心した。 「こんなことがあって、この先あのジムに通いにくくなっちゃうね?」 「あ? それとこれとは別じゃん? 最近忙しいからあんま顔出せねえけど、やめないよ?」 「嘘でしょ?」  僕だったら気まずくてもうジムには通わないと思う。それに恋人である周さんにも心配をかけてしまうから。康介はそういうところはあまり気にしないのか、これまで通りだと笑った。  後から聞いた話──  修斗さんは自分が通っていたジムをやめ、康介と同じジムに入会してしまったらしい。康介がトレーナーさながら修斗さん用のメニューを作り二人で仲良く汗を流していると聞いて、僕はちょっとだけ一樹さんに同情した。    修斗さんもなかなかだよね。

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