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53 佇む子
「あれ?」
「ん? どうした?」
ふと視界に入った子が気になり、ライブハウスの入り口付近まで来て僕は立ち止まり振り返る。急に止まったもんだから康介も慌てて僕に向かい声をかけた。
「ちょっとごめん」
「え? 竜? どこ行くんだよ」
「先入ってて」
ここからだと見えにくく、どうしても引っかかるものがあった僕は引き返した。見間違いかな? でも違う。同じような格好をした大人に紛れて佇んでいた明らかに小柄な男の子。近付くにつれはっきりとわかる。道を挟んだ向こう側で人の流れをぼんやりと見つめながら立っていたのは、紛れもなく僕が勤務している小学校の生徒だった。
「江部 湊 君……だよね?」
僕に気付かずに立っている湊君に声をかけたら、随分と驚いた顔をして振り返った。地元とはいえ学校区からはだいぶ離れているし、この時間帯だ。もしかしたら塾や習い事の帰りか、あるいはこれから塾に向かうのかもしれないと頭をよぎったけど、なんとなく違う気がして胸が騒つく。
「わ、渡瀬先生……?」
「やっぱりそうだ。湊君、こんなところでどうしたの?」
僕の問いにさっと目を逸らした湊君を見て、やっぱり何か変だと察してしまった。時計を見るとすでに会場時間になっている。でもこのまま彼を一人にすることもできない。親御さんも一緒なのか、それとも一人でここまで来たのか、聞きたいことはたくさんある。僕の受け持ちのクラスの子ではないけど、不登校気味な湊君のことは学級担任はもとより教職員全てが情報を共有していた。そしてここ数日の彼は学校を休みがちだった。日曜の昼間にばったり道で会ったとしたら、さほど気にせずに「偶然だね」と笑って挨拶する程度だったろう。でも今のこの状況はどうしたって心配が勝ってしまう。
「えっと……」
湊君が何か言いたげな表情をした時、僕の背後から康介が声をかける。
「竜、どうした? 開演時間になっちまうぞ」
「あ、康介、先入っててよかったのに──」
「え? その子なに? 迷子?」
康介が心配して僕のあとを追ってきてくれていた。「知り合い?」なんて聞いてくる康介に簡単に説明する。
「へえ、竜の学校の四年生? なに? これから塾なん? 偉いな」
「いや……違うし」
馴れ馴れしく湊君の頭を撫でている康介に、湊君は少し困ったような顔をして僕を見上げる。さっきも思ったけど、ただそこに突っ立っていただけの湊君は本当になにをしていたのだろうか。これから家に帰るのか、どこかへ出かけるのか、誰かと待ち合わせなのか。にしても、まだ小学生の子がこれから出かけるにはちょと遅い時間帯だ。
「ねえ渡瀬先生、もしかしてライブ行くの?」
「うん、そうなんだよ。あ、もしかして湊君も? え? 一人で来たんじゃないよね?」
「はい……兄と……」
そう言った湊君はまた僕から目を逸らした。
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