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54 湊君

 湊君は「兄と」なんて言ったけど、僕の記憶が正しければ湊君に兄弟はいなかったはず。 「お兄さん? 湊君、一人っ子だったよね?」 「いや……違っ、兄ちゃんと……従兄弟の兄ちゃんと来たんだ。一人で来たんじゃないよ」  信じてあげたいけど、どうにも怪しく感じてしまう。湊君がここにいることをちゃんと親御さんは知っているのだろうか。そもそも会場や演者によっては年齢制限を設けている場合だってある。大人がついていれば問題はないのだろうけど、一人だった場合、ライブが終わる遅い時間に街をうろつかせるわけにもいかない。 「ライブ終わりにお家の人が迎えに来てくれるの? 一緒に来た従兄弟のお兄さんはどこ?」 「あ、いや……迎え、は来ないけど……」 「お兄さんは?」 「……もう中に入ってる」  そう言った湊君はオドオドしながらライブハウスの方を見る。ならなんで湊君は一人でこんなところにいたのだろうか。はぐれちゃったのかな。それで困ってこんなところに一人で突っ立っていたのかもしれない。 「そか、じゃあ一緒に行く?」 「………… 」  どうしたのか、湊君はその場から動こうとしなかった。康介は時間が気になるのか時計を見ながらそわそわしている。「僕は後から入るから先に行ってて」と伝えると、そそくさと行ってしまった。 「どうしたの? 始まっちゃうよ? 行かないの?」 「俺はいいです。先生、行ってください」 「え? なんで?」 「………… 」  やっぱり様子がおかしくて、僕はとりあえず湊君と少し移動する。近くにファーストフード店があり「休む?」と聞けば頷いたので、そこに落ち着き飲み物だけ購入して席についた。 「はい。オレンジジュースでよかったかな?」 「あ、ありがとうございます。すみません」  Sサイズのコップを両手で持ち、湊君は一口だけ啜ると僕の方に顔を向け「美味しい」と言って少し笑った。 「湊君さ、今日はどうしたのかな? 今君がここにいること、親御さんはちゃんとわかってる?」  なんだか質問攻めになってしまうけど、ちゃんと確認しないことには落ち着かない。 「……いや、母さん夜、仕事でいないから……」 「いないからって、黙ってここまで一人で出てきたの?」 「ううん、違う! 兄ちゃんが……ライブに行くってわかったから……」 「従兄弟のお兄さんと一緒に来て、なんで湊君だけここにいるの?」 「それは……」  やっぱり話が噛み合わないように感じ、僕は色々可能性を考えてみた。そもそも湊君はチケットを持っているのだろうか。先に会場に入っているという従兄弟のお兄さんはもちろんライブを見にここにやって来たのだろう。なら湊君は? 「チケットは持ってるの?」 「…………」  俯き小さく首を振る湊君を見てなんとなく察してしまった。お兄さんはチケットを持っていない小学生の湊君をここまで連れてくるだろうか? いくらなんでもまだ小学生の子ども相手に「終わるまで外で待ってろ」とはならないはずだ。 「もしかしてお兄さんも湊君がここに来てること知らないの? 勝手についてきた?」 「うん……」  申し訳なさそうに、湊君は一人で来たことを認めて項垂れた。

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