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55 会いたかった人
「俺はチケットないから入れないけど、終わるまで待ってればもしかしたら会えるかなって思って……Kei君に」
Kei君というのはボーカルの圭さんのことだ。どうやら湊君は圭さんに会いたい一心で、ライブに行く従兄弟のあとをつけてここまで来てしまったらしい。従兄弟のお兄さんに勧められ、一緒にライブの動画を見たのをきっかけにファンになったのだと教えてくれた。
「あいつ、わざわざ俺の家に来て、チケット取れた、ライブ行くんだ、って自慢してくるんだもん」
「だからって黙ってついてきちゃダメでしょ。終わるのだって遅い時間だよ? そもそも会えるかどうかもわからないのに」
お小遣いの入った財布とスマートフォンだけを持ち、見つからないようについてきた湊君は実際ここに到着したもののどうしたらいいのか迷ってしまったと僕に話す。家から近いとはいえ、湊君の家からは電車とバスを乗り継いでここまで来たはずだ。「初めて来たから道わからなくてちょっとビビっちゃった」なんて笑って誤魔化してるけど、きっと心細かったのだろう。見知った人に会ったことでホッとしたのか少し興奮気味に話している湊君を見て、行動力には感心するものの僕と会わなかったらと思うとヒヤリとした。
「黙って出てきたら、仕事を終えて家に帰ってきたお母さんだって君がいなくて心配するよ?」
「うん……」
偶然にも僕と会って話をして、少しずつ自分のしたことの危うさに気がついてくれたらしく「どうしよう」とオロオロし始めた。
とりあえず家出ではないのがわかって少しだけ安心した。それでもこの状況はどうしたものか。まずは連絡を入れて湊君の家の人に迎えに来てもらわないことには僕もこの場から離れらない。
「自分のスマホでおうちの人に連絡できる?」
「はい……そろそろ母さん仕事終わってるはず」
「お父さんは?」
「父さんは仕事で違うところに住んでるから、いない」
「そっか。なら尚更お母さんは心配するよね。いつもなら帰宅すればおうちで湊君がお母さんに「おかえり」って言ってるんでしょ? 家に誰もいなかったらびっくりするよね」
自分のスマートフォンをじっと見つめて湊君はぼそっと呟く。
「……どうしよう。もしかして俺、めちゃくちゃ怒られる?」
「うーん、怒られるのもしょうがないよ」
怒られるのは嫌だと渋っている湊君を説得し電話をかけさせたらワンコールで出たらしく、湊君はしどろもどろに事情を説明していた。ここにいる僕にも声が漏れ聞こえてくるくらい親御さんは怒っていた様子だったけど、僕と通話を変わると謝罪の言葉と共にすぐにこちらに向かうと約束してくれた。
「やばい……めっちゃ怒ってた」
「そりゃ心配かけたんだから」
テーブルに突っ伏し嘆いている湊くんを宥め、僕も康介にメッセージを送っておいた。対バン有りのライブなので、周さんたちの出番には間に合えばいいな、とぼんやり思いながら、湊君のお母さんの到着を待つことにした。
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