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56 少しおしゃべり

 きっと反省しているのだろう、目に涙を溜めて湊君は僕に頭を下げる。 「ねえ……渡瀬先生。ごめんなさい。先生もライブに行くはずだったのに……俺、ここにちゃんといるから行ってていいよ」 「ふふ、そういうわけにはいかないよ。いいんだ。気にしないで」 「でも──」  とにかく湊君も無事で、反省もできているのも伝わってくるから僕は彼の気を紛らわせるために圭さんのことを聞いてみることにした。 「実はね、僕も高校生の頃からファンなんだけど、湊君は圭さんが好きなんだよね?」 「そう! Kei君めっちゃかっこいいんだ! かっこいいでしょ? 俺もKei君みたいになりたいんだ」  生徒とこんな会話をするなんてなんだか不思議な気分。湊君はキラキラした笑顔で、大好きな圭さんの話を夢中になって僕に教えてくれた。従兄弟のお兄さんの影響で、元々バンド活動に興味があった湊君はお下がりのギターを毎日弄り、お兄さんの友達から教わりながら曲作りのようなこともしているらしい。学校の友達とはこういった趣味の話ができず、誘ってみたところで興味を持ってくれるわけでもなく、なんとなく自分が孤立しているように感じてしまいつまらないのだそう。テレビアニメの話だったり女子の話だったりで盛り上がっている友人達を「馬鹿みたいだ」と思って見てしまうのだと、少し寂しそうに僕に話してくれた。 「Kei君はさ、あんなにチビなのに曲が始まるとなぜだかでっかく見えて、声も顔も髪もみんなかっこいいんだ! 俺も髪赤くしたいって言ったら母さんにダメだって言われたから今は我慢してるけど、おっきくなったらKei君と同じにするって決めてる」  圭さんが「チビ」だと言うのはとりあえずおいといて、こんな子どもの時から夢中になれることがあるのはいいことだと思う。 「湊君、すごいね。それだけ好きで頑張ってるなら大人になっても続けられるね。先生楽しみだな。でも友達のこと「馬鹿みたい」って言うのはちょっと違うぞ。湊君だって自分の好きなもの馬鹿にされたらムカつくでしょ? たとえ思ってても、それは口にしない方が相手も嫌な気持ちにならないし傷つかないんじゃないかな」  湊君は学校を休みがちだけど、同級生との関わりがうまくいっていないわけじゃない。なんなら積極的な性格で友達だって多い方だ。もちろんいじめだってない。不登校にはさまざまな要因があるけど、湊君に関してはさほど深刻な状況ではないと判断していた。 「うん、俺、いつも嫌なこと言ってるってわかってる。でももう嫌われてるかもしれないし……」  幸いなことに湊君と仲の良い友達は皆、彼が休むと残念がっている。ハキハキとした物言いをする彼のことが皆好きなのだと見てわかるし、小さな喧嘩は当たり前にあるけど、ちゃんと互いの性格など分かった上で自然と仲直りだってできているのも見ているから、湊君が心配するようなことは全く無いと客観的に思う。それを伝えてあげると「そっか」とホッとした顔をするけど、きっとまだ不安なのだろう。 「今度あいつらにもライブの映像、見せてやろうかな。かっこいいって思ってもらえたら嬉しいな」 「そうだね。てか湊君が自分で曲作ってギター弾けるのだってきっとびっくりすると思うよ。先生も湊君かっこいいなってびっくりしたもん」  へへへ、と照れくさそうに笑う湊君は年相応のまだあどけない小学生だ。小さい体で大人顔負けにギターを奏でている湊君を想像し、ハッと気がつく。 「そういえば、圭さんはそれほど「チビ」じゃないと思うよ。ほら、周さんやドラムの靖史さんが背が高いから小さく見えるっていうか──」 「ああ、アマネはさ、あれは巨人族だから。あの人と並ぶと誰でもチビになっちゃうよね」  ゲラゲラと楽しそうに笑っている湊君。僕は身長に関して気にしているであろう圭さんのフォローをしたかったんだけど、思わぬところで周さんがとばっちりを受ける形になってしまい思わず僕も笑ってしまった。  

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