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60 愚痴

「竜太、今日望になんか言われた?」  周さんは僕を抱きしめたまま、ぼそりと聞いた。 「へ? 望君? 特に何も……あ、帰りにちょっと会ったけど、まあいつもの通り塩対応されました」  僕は声をかけられたことを思い出し、相変わらずな望君の対応を冗談ぽく周さんに伝える。周さんの手が僕の頭にそっと触れ、優しく撫でられれば心地良くて、またじわじわと睡魔に襲われた僕はそっと目を閉じた。 「クソ、あいつやっぱりムカつくな」  周さんは小さな声でそう言うと、僕に腕枕をしたまま「おやすみ」と呟いた。打ち上げの席で何か揉めたのかな? と気になりつつも、もう目を瞑ってしまった周さんに「おやすみなさい」と返事をして、いつものように体を寄せ合って僕も眠りについた。  翌朝周さんを起こさないようにそっとベッドから抜け出し、簡単な朝食を二人分用意する。今日の周さんのスケジュールは聞いてないけど、僕が出勤する頃にはきっと起きてくるだろう。  廊下に転々と散らかっている周さんの脱ぎ捨てた服を拾い、洗濯カゴに放った。そういえば珍しく酔ってたな、と昨晩の周さんの様子を思い返す。あの感じだと十中八九、望君に僕のことを言われたのだろう。   望君が加入してから数回、打ち上げの席で会話をする機会があった。正直最初の印象も良くない。何か気に触ることをしてしまったかと感じるくらい、望君は僕に対してそっけない態度で周さんと言い合いばかりしていた。望君の言う通り僕は部外者で、今までたまたま他のメンバーが親しくしてくれているだけなのかもしれない。今まで付き合いのない望君が僕の存在を「こいつなんなんだ?」と思っていてもしょうがなかった。 「竜太ぁ、おはよ……」 「あ、周さん、おはようございます。早いですね」  思っていた通り、周さんが眠たそうな目をして寝室から出てくるとフワッとあくびをしながら僕のことを抱きしめた。二人きりの時は決まって僕にくっついてくる周さん。年々スキンシップが密になっているようで嬉しいやら恥ずかしいやら。 「朝、一緒に食べてきます? 僕もうすぐ出なきゃですけど」 「うん。食べる……」  まだ寝ぼけている周さんと一緒に朝食を済ませる。あまりゆっくり話している時間はないけど、昨晩ライブに遅れてしまったことを詫びるために湊君のことを改めて説明した。簡単に湊君のことを話したら「将来が楽しみだな」と周さんは笑ってくれた。 「とんだトラブルだったな。てかよ、そういう理由だって俺もわかってたのに望の野郎、竜太のこと悪く言いやがってよ……」  周さんは面白くなさそうに、少し乱暴にコーヒーをテーブルに置く。望君は、僕がライブに遅れた理由を「もう興味がなくなったからライブに来るのも面倒、適当に顔を出しとけばいいや」と思っているのだと言い、周さんを大いにイラつかせたらしい。それに加えてどうやら望君は男同士で「付き合っている」ことに抵抗があるようで、単なる恋人ごっこだの、僕が周さんの人気目当てに近づいてるだけだのチクチクと言ってくるらしい。なんとなく察しはついていたこと。僕に対するあの態度ならそう言われるのも頷ける。でも僕がそんな人間ではないことなんて、周さんはもちろん他のみんなもわかってくれているはずだから気にすることなんてなにもない。 「あいつ、なんか知らんけどいちいち俺のこと目の敵にすんだよな。まあバンドとしては上手くやってるけどさ、プライベートでは関わりたくねえな。って関係ない竜太にまであんな態度はムカつくんだよ」  ライブに僕が遅れて行ったことが望君には気に入らなかったようで、ちょっとした喧嘩になってしまったと周さんは言う。口を尖らせ不貞腐れた様子の周さんを見て、言い合っている二人を想像した。僕のことで怒ってくれている周さんには悪いけど、僕自身はさほど傷ついてもいないし、二人の様子はなんだか子どもの喧嘩みたいだな、と少し可愛く思ってしまった。 「まあまあ、僕は気にしてませんから。そんな怒らないで、ね? 周さん」 「ほんとムカつく……竜太、今日学校? もう行っちゃうの?」 「あ、はい。もう出ないと──」  周さんは寂しいだの暇だのとブツブツ言いながらも、いつものように「行ってらっしゃい」のキスをして、玄関で僕のことを見送ってくれた。  

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