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63 このままでいい

 何も知らない奴の言葉に心が乱される──  今更なことだけど、竜太は俺と出会わなければ望の言う通り女に恋をして、よくある恋愛を経て結婚、そして家庭を作る人生を送っていたかもしれない。その方が竜太の母ちゃんも父ちゃんも喜んでくれるのだろう。それを今思ったってしょうがないことなのはわかっているし、竜太だって俺に対してそんなことは微塵も思っていないのはわかっている。周りが理解ある奴ばかりで俺たちは恵まれているのに、こんなことをぐるぐると考えてしまうのは、やっぱり俺たちの交際は世間一般な状態ではないからなのかもしれない。  魚の小骨のようにずっと引っ掛かっている後ろめたい気持ち。竜太が家族と良好な関係なのが尚更その気持ちを大きくする。すでに理解のある俺のお袋はともかくとして、過去に竜太の父親に言われた言葉が今でも俺の中にこびりついて拭えていなかった。  あれはどういう意図で言ったのかわからない。いや、その言葉のまま「間違った道」のつもりで俺に言ったのだろう。おかしいと感じたら遠慮せずに竜太を突き放してやってくれ、と。将来を見据えた交際をする、という土俵にも立つことができないのだと思い知らされ、あの時の俺は何も言い返すことができなかった。  それでも…… 「──おやすみ」  このままでいいんだよな、と心の中で自分に言い聞かせるように呟く。正しいとか正しくないとか、そういうことじゃない。横で眠っている竜太の頬にキスをしたら、寝惚けたまま少しだけ微笑むから少しだけ気持ちが晴れたような気がした。 「周さん、おはようございます。起きて、ねえ、周さん?」  頬にあたる柔らかな感触に重たい瞼をこじ開けると、目の前にニコニコした竜太の顔があった。ずいぶん前に起きていたのか、服も着替えてさっぱりとした表情の竜太は俺の頬や唇に可愛らしく何度もキスを落としていた。 「あ……おはよ。早いな、何時?」 「えっと……まだお昼前ですけど、さっきからスマホ鳴ってますよ」  テーブルの上に置きっぱなしになっていたスマートフォンを手に俺に差し出す。今日は珍しく竜太とオフが重なっているから、そんな電話は緊急じゃない限り無視をしたい。俺は竜太から受け取るだけ受け取って、画面も見ずにそのまま枕の後ろに沈ませた。 「ちょっと周さん? 確認しないんですか? 大事な連絡かもしれませんよ」  まったくもう、と呟きながら、竜太は俺の頭の後ろに埋もれたスマートフォンを取り出そうと体の上に覆い被さってくる。フワッと香ったボディソープの匂いが心地よく、そのまま俺は竜太を抱きしめ首筋に顔を埋めた。

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